このお方はどなた? 11 junio 2006
ブラジル、サルバドールからフォルタレーザへと向かうバスの中で流れていたライブ映像が素晴らしかったので、是非手に入れたいと思っているのですが、どなたかこちらのアーティストをご存じの方、いらっしゃいましたら教えて下さい!多分すごく有名な方なのでは。
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ブラジル、サルバドールからフォルタレーザへと向かうバスの中で流れていたライブ映像が素晴らしかったので、是非手に入れたいと思っているのですが、どなたかこちらのアーティストをご存じの方、いらっしゃいましたら教えて下さい!多分すごく有名な方なのでは。
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本日、何とか帰国する事が出来ました。
ブラジル見聞録なども少しずつですがアップしていくつもりです。
どうぞ今後とも宜しくお願い申し上げます。
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今日はついにブラジル滞在最終日。
しかし、昨晩警察署でもらった書類にミスがあったのを見つけてしまったので、仕方なく朝早くから三日連続で観光警察のあるレブロンへと向かう。
過去二度ともパトカーで連れて行ってもらったし、帰りは辺りが暗かったので、今ひとつ観光警察の場所がよくわからない。
何しろ地図をも奪われてしまい、なおさら場所の見当を付けようがない。
とにかくレブロン行きのバスに乗り、書類に書いてあった住所の近くで降ろしてもらう事にする。
とはいえ、場所を尋ねてみたバスの車掌でさえ見当が付かずに、お客さんに質問していたようなマイナーな通り。
不安である。
一時間弱かかって宿のあるグローリアからレブロン地区に到着。
街ゆく人に場所を聞きまくるが、中々見当が付かない。
そのうち、とあるビルのガードマンが親切にも近くのキオスクの主人に尋ねてくれた。
ツーリストポリスの場所を聞くと、なんと書類の住所ではないという。
別の通りを教えられ、その方向に向かってみる。
途中交番があったので、ここでももう一度場所を確認してみる。
そこにいた警察官の確信に満ちた答えに私は安心し、教えられた方向へと向かう。
かくして、無事に観光警察に到着。
観光警察の正式名称はGoverno de Estado da Seguranca Publicaといって、なんと教えられた通りと表記されていた通りの交わる場所、すなわちR.Humberto de CamposとR.Afranin de Melo Francoの交差点にありました。
中には初回お世話になったとても親切な警察官がいて、再開を喜び合ったのでした!?
スムーズに書類へ必要事項を書き加えてもらい、挨拶もそこそこに警察署を後にする。
その後、地下鉄カリオカ駅へ最後の天然ガラナを飲みに行く。
より重要だったのはリオ市内の地図を買い直す事だったのだが、馴染みのお姉さんのところでカショーホなどを食べていたらなぜかうっかりそちらは忘れてしまった。
地下鉄カリオカ駅前の教会
それから昨日強盗にあったフラメンゴ海岸へと行く。
というのも、強盗に遭ったその時にminiSDカードだけは返してくれと言ったら、犯人は何かを地面に投げ捨てる仕草をしてカードはそこにあると言ったから。
その時、投げ捨てられた物体が着地したであろうその辺りを私は探してみたけれど見つからなかったので、一応今日もう一度探さなければ悔いが残ると思ったから。
警察でさえSDカードって何?って認識だったので、あの時の犯人がそれを理解してケータイ脇のふたを開けてカードを押して抜き取るという一連の作業を出来たとは到底思えないのだが、とはいえ、まだ探す時間があり一縷の望みがあるうちに諦めてしまってはあとで非常に後悔しそうだった。
もう一つは現場検証をしたかったから。
強盗なんて滅多に遭う事のない貴重な経験だから、その現場をもう一度よく見ておきたかったのである。
さて問題のフラメンゴ海岸に到着してみると、今日はなんて事のないのんびりとした雰囲気が漂う。
昨日も今日も快晴、平日の午後、条件はあまり変わらない。
昨日も海岸にはそれなりの人がいた。
結局、一瞬周囲誰も人がいなくなるとか、ちょっとした瞬間に犯罪に巻き込まれてしまうようだ。
一時たりとも周囲に安全そうな人がいなくなる瞬間をは作らないように心がけた方がよいだろう。
また、昨日も一昨日も犯人はまず穏やかに話しかけてくる。
ここが難しいところで、こういった瞬間をすべて避けてしまえば無味乾燥な旅になってしまう。
気さくに話しかけてくれる良い人が圧倒的に多いのです。
私の場合、運が悪かったらそれまでと、半ば諦めてよほど特別怪しくない限りは話しかけに応えるようにしている。
また、どんなに注意いていても一度目を付けられてしまえばそれまでかもしれない。
とにかく目立たないようにするのが安全確保、この手の犯罪を避けるための最善策であろう。
しかしとはいえ、東アジアの国以外では私たち日本人の顔はどうしても目立ってしまうけれど。
それから・・・ブラジルの警察では強盗の犯人を捕まえるなんていう意欲は誰からも、どの警察官からも感じられなかった事も付け加えておきたい。
捕まらないのではこの先も、この手の犯罪が犯罪が減る事など絶対にないと思う。
フラメンゴ海岸を後にして宿へと戻り最後の準備、長い旅だからシャワーを浴びておいてから荷造りをする。
夕方のフラメンゴ海岸(リオ初日に訪れたもの)
空港へと向かうのに、市内は渋滞するだろうと考え、メトロで空港付近のDel Castilho駅へと向かう。
この駅前にある賑やかなショッピングセンターでタクシーを拾い、空港へと向かう。
メトロタクシーは高めだが、それでもここからなら20ヘアイス、しかもスムーズ。
空港。
アメリカ合衆国に向かう便は相変わらずセキュリティチェックが厳しく長蛇の列。
ブラジル国内線はとてもスムーズだったから、列の中で待たされる時間がとても長く感じる。
USAの政府が第二次世界大戦以来、今に続く傲慢な態度を改めなければ、この長蛇の列も解消されないだろう。
日本、キューバ、メキシコ、ハワイ、ベトナム、パナマ、ニカラグア、イラン、アフガニスタン、イラク・・・その他アメリカに一杯食わされた国は世界中に数多い。
残念である。
多くのブラジル人も思うところがあるようだ。
今、時計もないので詳しくはわからないが、飛行機はおそらく定刻通りの出発。
まずはサンパウロへと向かう。
サンパウロでの乗り継ぎは非常にスムーズである。
乗り継ぎ時間わずか1時間だったので心配していたのだが、まったく問題なかった。
今回ものすごい量の日記を書きためていたのだが、残念な事に帰国わずか二日前にして全てを失ってしまったので、記憶を辿りながら搭乗機内で日記を書き続ける。
ところで米系航空会社の国際線スチュワーデスには英語しか出来ないのに平気でいる人が結構いる。
国際線なのだから少なくとも出発地と到着地の2カ国語では、たとえカタコトでもよいから対応出来るようにしてほしいものである。
これって常識だと思うけれど、英語しかわかりませんって、恥ずかしげもなく言う彼女等はまったくそう思っていないようだ。
私は極力英語を口にしたくはないのだが・・・。
これは大変残念な事である。
とにもかくにもありがとう、ブラジル!
親切にして下さったたくさんの皆さん!
~わずかに残るリオの想い出写真~
独立の英雄、チラデンテス
リオで見かけた警察の音楽隊
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本日快晴。
ただ写真を撮るためにのみ、カリオカ付近へと向かう。
一通りぐるっと散歩する。
途中天然ガラナを飲む。
このカリオカ駅前の露店と、コパカバーナの一店のみしか「天然」である事ををアピールしてガラナを売っている店を私は知らない。
こちらは一杯50センターボ。
うまい。
その後、今度はコパカバーナへ。
まずは見つけておいたお店でインターネットをする。
日本語OKだとしても、読めるが書く事が出来ない。
もしかして私のよく知らない操作方法があるのかもしれない。
ミクシイ等日本のサイトは和文で読む事が出来るが、ヤフーUSAに頂いた和文のメールはすべて文字化けしている。
サルバドールでもそうだった。
日本語は少し特別な言語だからインストールされているマシンは少ない。
その後、コパカバーナの海岸を散歩。
昨日登ったコルコバドの丘にそびえる両手を大きく拡げたキリスト像がまぶしい青空に映える。
海岸では泳いでいる人たちもちらほら。
しかし、コパカバーナ海岸の波は殊の外荒い。
どうやら複雑な潮の流れをしているようだ。
それが証拠に、小規模ながら三角波が頻繁に立つ。
ひとしきり散歩した後、本日の目的であるモダンサウンドでのDVD購入へと向かう。
ブラジルでは他に見た事のない充実の品揃え。
が、結局買わなかった。
W-ZERO3を失った今、どれを買うべきか判断するための指針がない。
ジャケ買いするようなピンと来るジャケットにもあわなかったし、何を買うべきか途方にくれるのみであった。
それに同じ品にサンクリストバンの市場で見た値段に比べ、ほぼ五割増しの価格が付けられている。
店内では午後、生ピアノのソロ演奏をしている。
それを聴きながら休憩がてらこうして日記をつける。
思わぬアクシデントのため、昨日ここに出勤出来なかったのが残念でならない。
おお、ピアニストがコパカバーナを弾き始めた。
コパカバーナでこの名曲を聴くのは非常に感慨深いものがある。
とはいえ、これはおそらくブラジルの曲ではないだろうけれど。
おっ、今度はジェット機のサンバを弾いてくれている。
これはボサノバの好きな曲。
その後、有名なショッピングセンター、リオ・スールに行ってみる。
ウインドウを眺め、商品を冷やかしてみればブラジルの物価は高い。
建物の外に出てみると泳ぐ人がいるだけあって、13時半現在の気温は29℃、これなら確かに泳げそうだ。
乗り込んだバスの中でこの日記を書いていたら、隣の席の女の子に、日本語のかき方を教えて下さいと話しかけられた。
現代の和文中では、ひらがな、カタカナ、漢字、それにアルファベットを混ぜて使っている事を説明する。
漢字の読みには何通りもある事に興味深げであった。
そのまま宿へは戻らずに近所のフラメンゴ海岸へ散歩しに行ってみる。
そこで・・・
人通りはあったものの一瞬のスキを突かれて今度は刃渡り20㎝ほどの刃物を突き付けられ、今度はケータイ等を奪われてしまった。
これで携帯内のminiSDカード1GBに入っていた何千枚もの資料写真までもがフイになってしまった。
今回は大人と子どもの二人連れ、話しかけられ、一瞬の間をつかれた。
しかし、まさか親子で強盗をするなんてね。
日本的な心情からいけば、普段強盗を働く親であっても、自分の子どもの前ではそういう姿は見せないだろうと思うのだけど、ここブラジルでは違うらしい。
あの子もポケットを探ってきて親のシゴトを手伝っていたから、このままいけば何の疑問も持つ事なく立派な強盗を働く大人になってしまうのであろう。
リオは本当に物騒である。
また警察お世話になる事に。
サンタテレーザでやられたというフランス人の夫婦と一緒にパトカーで観光警察へ護送される。
途中婦警さんに聞いたら、私の散歩場所サンタテレーザは市内で最も危ない場所の一つ、だそうである。
警察署に着いたら今度は日本人の女性がいた。
コパカバーナの繁華街でバッグをやられたという。
あそこが危ないなら行く場所ないじゃん、ってところです。
二日連続で強盗にやられ、彼等の手口がわかってきた。
彼等ははじめ穏やかに話しかけてくる。
そしてものを奪う時には必ずズボンのポケットにも合わせて探りを入れてくる。
今回はすでに財布を盗られ、持っていなかったので、素のままポケットに現金を入れておいたのだが、それには気が付かなかったようだ。
探すところが決まっているようなので、若干の小銭を財布に入れ、あとは貴重品と共にトラベルグッズとして売られているような隠しポケットにしまっておくと被害が少なくて済むかもしれない。
とはいえ、何も盗るものがないと逆上して命を狙いに来る事もあるらしいので、若干の現金は分かり易い場所へと忍ばせておいた方が良いだろう。
さて、またまた面倒な手続きを終えて、夜も再び本日二度目のモダンサウンド出勤をする事にした。
来てみれば、なんとリッチな編成でショーロをやっている。
これは昨夜のBip Bipより聞き応えがあるぞ。
楽器間の絡み方がよく練られている感じ。
こういうのを聴きたかったのです。
来てみて本当に良かった!
今、なんとあのコルコバドを演奏してくれている。
なんだか涙が出そうになった。
様々な世の中の不条理を憂えて涙腺が緩んだものか。
弦の柔らかい響きの上に乗る、低域で吹く、優しいフルートの音色が心地よい。
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朝、まずはカリオカ駅近くの楽器店街へ行く。
昨日買ったパンデイロの演奏法をビデオに撮らせてもらおうと思ったからだ。
というのも、パンデイロの教則DVDくらいブラジルだし絶対あるだろうと思っていたらどこの店にもなかったので。
店員さん達はみんな快く演奏してくれました。
解説する時にジョークも入ったりしてじわじわと場が盛り上がっていき、気が付いた時には店内が大サンバ大会に。
これは本当に行ってみてよかったな、と思いました。
サンバのパンデイロは、ワントゥーと2拍子でとった時の1拍目、4分割した4つめに、上に抜ける感覚を伴うアクセントが来る。
タンボリンは右手3連で箒みたいに細かな棒を何本か束ねたスティックを使って叩く1拍目と2拍目のあいだに、左手で楽器をそのスティックに当てにいき、合わせて1拍に4つ音を入れるような何とも捉えがたいノリ。
ついでに買い忘れていたタンボリンとトリアングロを購入。
そうしてビデオに撮らせてもらった後、地下鉄を使って体力を温存しながらカテーチにある宿へと引き返す。
そう、今日こそコルコバド登山を決行するために。
一度購入した楽器等の荷物を降ろした後、すぐにバスで登山の起点になりそうと目星を付けたコスメベーリョへと向かう。
12:50、コスメベーリョより登はん開始。
13:12シルベストレ病院へ向かう道との分岐。
ここまでは立派な住宅が連なる。
どうやらセントロ行きのバスはここいらへんまで来るようだ。
Ladeira dos Guararapes通りを登る。
その後Almirante Alexandrino通りに入る。
13:20平坦な道から十字路をぐっとターンするように急な登坂路に入る。
13:30 D.Martaというビューポイントとの分岐にさしかかる。
途中、車に乗りなよって声がかかったけど、自分の足で登りたいんです、と丁寧にお断りする。
14:06 Corcovadoあと100メートルとの表示。
しかし、これは有料のゲートまでの事だったらしい。
この後、一層急な坂道が続く。
中々頂上へはたどり着かない。
14:30コルコバドの丘、キリスト像の足元まで登頂!!
結局1時間40分もかかってしまった。
登山道がなく、車道を登らなければならないので想像した以上にアプローチが長かった。
30分ばかり景色を眺め楽しむ。
コルコバドの丘の上にあるキリスト像を街から仰ぎ見るのと、こうしてキリスト像のそびえ立つ丘の上から街を見下ろすのでは、同じコルコバドの丘と言っても随分と印象は違ってくる。
ジョビンの名曲は、はたしてどちらを歌ったものであるか。
しばし自分の足でこの丘に登った充実感にひたる。
15:05下山開始。
15:20有料のゲート。
下りは写真を撮ったり景色を眺めたりしないからとても速い。
15:40 D.Martaとの分岐。
15:56例の急な折り返し。
と、ここまでは順調だったのですが、その後すぐさまセントロ行きのバス停を目前にして背後から走ってきた年の頃18くらいの少年達5人に囲まれてしまいました。
この一カ所だけがファベーラと隣接していて危なかった。
なるほど強盗とはこういうものか。
少年達の顔はまだあどけない。
これから悪い事をしようとする興奮からか、荒い息をしている。
ある一人の少年は棍棒を振りかざして目を見開いている。
される側よりする側の方が事に対して構えるから緊張するのかもしれない。
このまま大人になると慣れて冷静に強盗するようになるのであろうか。
幸いな事にケガはなく、現場の50メートルほど先、カーブを一つ曲がったところに停まっていたパトカーのお世話になる事に。
事情を話すと警官二人がチャッとマシンガンを構えた。
マシンガンの弾倉を動かす音を始めて生で聴いた。
このままフェベーラへ討ち入ってくれるのかと思いきや、しばらくあたりを警戒した後、そのままパトカーはコスメベーリョの交番へ。
それからレブロンの観光警察へと連れていってもらう。
今にして思えば、警察もファベーラの連中に自分らが撃たれるのを警戒してマシンガンを構えたのであろう。
ところでリオの警察官はとても親切です。
警察署から保険会社、カード会社それに銀行へと電話をかけさせてもらう。
モノは保険である程度補填されるだろうから大して痛くはないけれど、W-ZERO3につけていた日記を失ったのが何とも痛かった。
コンサートの印象や様子には特にページを割いて詳細に記述してあったのだが。
またあちこちへの行き方、その他諸々の情報を出来る限り詳細に記述してあったので、もし残っていればこれからブラジルへ行く人にとって非常に有益な情報をブログにアップ出来ただろうに。
それと写真、幸いな事にはリオに入ってからSDカードを替えてあったので、こちらのデータは殆どが無事である。
とはいえ、コルコバドからの絶景は思い出のみになってしまった。
警察での手続きを済ませた後、宿へ戻りシャワーを浴びてすぐにコパカバーナのBip Bipへ出かけてみる。
そう、今夜は楽しみにしていたホーダ・ド・ショーロの日なのである。
聴いてみると、これはこれで美しいのだが、ちょっと寂しかったかも。
ギター二人にバンドリン一人。ショーロの曲は大して知らないが、アドリブは全くなかったように感じた。
テンポも常にゆったりとしていて一定。
日が悪かったのか。
サルバドールで聴いたショーロは素晴らしく、それには非常な感銘を受けたのだが、それに比べると今夜は内容が寂しかったように思う。
それはそれとして、近くのテーブルにいた子達と少し会話をして、ショーロのよい楽譜について教えてもらったりもした。
Escola Macional de Musica(国立音楽学校)でコピー出来る楽譜が良いらしい。
みんなコピーしてそれを使っているとの事。
まるで以前のジャズにおけるリアルブックのようである。
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朝、現地で購入したガイドに載っていたマラカトゥ・ブラジルというお店に行ってみる。
場所は宿のあるカテーチ(Catete)駅の南隣にあるラルゴ・ド・マチャド(Largo do Machado)駅より歩5分くらい山に向かって歩き左に折れるイピランガ通り沿いにあります。
10時開店のはずなのに、時間になっても門の鍵を閉めたままボール遊びをしていたが、外から声をかけると快くお店を開けてくれた(当たり前か・・・)。
色々と話を聞かせて頂いたり楽器について聞きながら、お店の推薦するマラカトゥのCDを2枚購入。
マラカトゥのリズムはイントネーションがキューバのモザンビーケに似ていて、中々アグレッシブだ。
さらに本日午後に行われるドラムクリニックに無料ご招待。
クリニシャンはニューヨーク在住のアメリカ人、タッド・イスレール(Todd Isler)というドラマーです。
南インドでグル(師)についてあちらの太鼓をマスターしてきたそうである。
インドも大変興味ある土地なので、リオでこういったクリニックに顔を出すのも悪くはない。
その後、続いて地下鉄カリオカ駅から延びるカリオカ通り沿いにある楽器店街へ。メ
トロのカリオカ駅を出てすぐのカリオカ通り沿いに楽器店が並んでいる。6軒ほどあるうちの一番駅に近いところは楽器が充実、また二番目に駅から遠いところは楽譜が充実している。
試奏を重ね、迷った挙げ句コンテンポラネア社製のパンデイロを購入。
やはりプラスティックヘッドのものより繊細で好みであったので本皮ヘッドのものを購入。
252ヘアル。
さて、日本で買うといくらくらいするものであるか。
パンデイロを買ったお店にはショーロの楽譜がなかったので、こちらのお店で推薦してくれた別の店でショーロの楽譜を4冊購入。
買ったのは、そう、2番目に駅から遠い店です。
帰国後石井幸枝さんに見てもらったら良い楽譜だったらしい。
しかも続き物4冊のうち第1巻は、日本で中々手に入らないとも。
一度カテーチの宿に帰った後、再びクリニックの会場、マラカトゥ・ブラジルのスタジオへと足を運ぶ。
定刻10分前に会場に着いたら中にはミュージシャンと関係者しかいませんでした。
タッドと雑談を交わす。
いい人だ。
彼の、南インドのリズムをドラムセットに応用するという教則本も面白そう。
クリニックはケンジーラというジングルを一枚のみ付けた、小さなフレームドラムのソロに始まり、続いてガヴァオという大きなフレームドラムのパフォーマンスに移る。
親指を使って真ん中を弾き低音を出し、また縁を人差し指で弾き高音を出す。
その後、ブラシを使って7/8拍子のドラムソロを披露。
クリニックでは南インドのリズムを「タ・ディ・キ・ナ・ドゥム」と発音して五拍子、「タ・カ・ディ・ミ・タ・ディ・キ・ナ・ドゥム」と発音して9拍子、また、「タ・キ・タ」と歌って3拍子を刻んでいました。
終盤にはかなり長い時間サックスやギターのゲストを絡めて模範演奏。
リアルなジャズコンボの演奏は久々に聴いた。
サックスよかったなあ。
曲はビリーズバウンスやオールザシングスユーアー等のジャズスタンダードやサンバ。
クリニック終了後、コパカバーナのモダンサウンドへと今日も出勤。
店に入るとCD売り場の方にまで椅子席が出来ている。
CDのケースが塞がれて即席のテーブルに。
まだ18時前なのに、もうショップの方は閉店状態。
こんな事もあるのですね。
かなりな大物が出るのであろう。
ワインなど頼みつつ、20時スタートのステージを待つ間、W-ZERO3で日記を付ける。
久々に座席へと座った。
リオのライブでは初めてだ。
ステージが始まる頃、気が付けばお店の中は大ライブハウスと化していました。
ステージは三人の女性ボーカルを中心としたもので、小野リサのCDを聴いているかのようなアレンジでした。
こういったソフィスティケートされた音楽に、私はブラジルらしさを感じる。
ちなみに私の好きなノルデスチ(ブラジル北東部)の音楽は、私の感覚ではこれ、もはやラテンです。
ドラムのBDはほぼ2,4拍のみを刻み、その適度な抜け方が心地よい。
終演後、名店Bip Bipに行ってみたが、今夜ライブはないとの事。
一部には火曜だけでなく月曜にもショーロがあるとの噂もあって一応お店に来てみたのですが、お店の人が言うにはショーロは火曜20:30~、水曜は21:00からボサノバ、そして日曜は20時からサンバのライブがそれぞれあるそうです。
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今日は朝、まずあの有名な両手を拡げたキリスト像の建つ、コルコバドへの登山を試みてみる事にする。
まずは芸術家が多く住むという、サンタテレーザの街への階段を登る。
振り返ればポンジアスーカルの山がよく見える。
階段を登り切ると出る曲がりくねった道路沿いには綺麗な家が続く。
そして街の中心付近にはツーリストインフォメーションもあった。
そこをもう少し登った先にバス停らしきものがあり、フォルクスワーゲンの乗り合いバンが通りかかったので、ふいに乗ってしまう。
市電の線路づたいに、車はグングン高度を上げながら登る。
右手にセントロを見下ろす絶景が続く。
市電の線路はかなり状態が悪く、また一台も通りかからないので、もしかしたらこれは廃線なのかもしれない。
日曜なのでちょっと判断に困る。
さて乗り合いバンの到着した地点は・・・
・・・なんとファベーラの入り口でした。
写真を撮っていると、近くにいた少年がこちらで絶景を撮るのはよいけれど、ファベーラを指差しながらあちらに入ってはダメと言う。
・・・それではこの先、登る道がない。
仕方なくあきらめて今日は引き返す事にする。
付近に建つ文化施設が絶好のビューポイントで、登りたかったコルコバドの丘がよく見える。
ここからは丘の頂上まで標高差400メートルくらいじゃないだろうか。
距離は、山道はくねるので6~7キロくらい。
おそらくここから登り始めれば、1時間半くらいで頂上に到達出来るだろう。
しかし今日はこの文化施設からの景色を眺めて満足する。
ここからは以前散歩したフラメンゴ海岸やセントロ方面までもぐるっと見渡す事が出来る。
ほどなくして再び乗り合いバンがやって来たので、それに乗って一度宿へと戻る。
そしてまだお昼だし、昨日も行ったサン・クリストバンのフェイラ(正式名称:フェイラ・ジ・トラジソン・ノルデスチーナス)へと再び行ってみる事にする。
今回はメトロのエスタシオ駅からバスを乗り継いで行ってみた。
首尾良く会場至近のバス停で降りる。
これは一度行ったものの強み。
会場に入ってみれば、今日は日曜ですごい人出!
ライブの音もあちらこちらから聞こえてくる。
会場のメインステージではいくつかのフォホーバンドが入れ替わりで演奏している。
サンバを聴き慣れた耳に、バイオンのリズムが懐かしく心地よく響く。
何カ所もあるうちのライブ会場のうち、お店ではなく道端のちょっとしたスペースを使って演奏していたフォホーは、特に私の心に訴えかけるものがあった。
サンフォーナ、トリアングロ、ザブンバのベーシックなトリオ編成。
長距離バスの中でよく聴いた、ルイスゴンザガのCDのようなサウンドだった。
日曜日、街中ではどこのライブハウスもお休みであまり見ものがない事もあり、リオで過ごす日曜日、一度はここに来る事を強くお薦めします。
生演奏がたくさんあるし、食べるところもたくさん。
ライブを聴くのに疲れたら席に座ってビールを飲んでいればよいし、一日中いられるところです。
充分楽しんだところで再び宿へ帰る事にする。
夜はラランジェイラス地区にあるカーザローザというお店へホーダ・ジ・サンバを聴きに行ってみる。
これは楽しそうだ。
一杯やりながらテーブルを囲んでサンバを演奏するというもの。
20時頃到着したら会場はすでに大賑わいであった。
明らかにプロの人もいれば、アマチュアと見受けられる人もみんな一緒になって演奏している。
いい音楽だ。
ブラジルを代表する音楽、サンバには楽しさの中に哀愁といったものが含まれていて、私はそういったところに強くブラジルらしさを感じてしまうのである。
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今日はまずサンクリストバンのフェイラへと行ってみる。
このフェイラは毎週催され、リオに住むブラジル北東部出身の人達の手によるものである。
サンクリストバンのフェイラという名前からあまり深く考えずにメトロもサンクリストバン駅を降りて歩いて会場を目指したものの、これはかなりなロングアプローチとなってしまいました。
しかも途中道案内もなく、会場がどこにあるのか少しわかりづらいです。
本当は2つ手前の地下鉄エスタシオ駅からバスを乗り継いでいくのが良いようです。
歩く途中、定食屋があったので寄ってみた。
こちら、ブラジルの定食にはご飯と豆のスープが必ず付いてくる。
今回の定食はそれに鶏肉のフィレとポテト。
さて、会場に着いてみると、まだお昼のせいかライブは弾き語りなどが目立ちました。
CDやDVDが街中で買うよりもかなり安かったので、ここで大量に購入。
おまけにCD2枚と帽子を付けてくれました。
サン・クリストバンのフェイラ前、入り口に立つルイス・ゴンザーガ像
その後、夕方は本日もモダンサウンドへと出勤する。
サックスなどもまじえたライブは、洗練されたボサノバやサンバのものでした。
このお店のPAはとても上手だと思う。全体にフラットで滑らかな音作り。
ドラムに目をやると、シンバルやハイハットをRODEのNT3か、AKGのC1000Sで拾っていた。
へぇ、ライブであんな風にコンデンサーマイクで拾えるんだ。
コンデンサーマイクは低域から高域まで広いレンジを収音してくれるし、少しくらいマイクから離れたり逆に近づいたりしても滑らかに収音してくれるので、もしライブで使えるものなら大変有り難いものなのである。
音をよく拾うだけにハウリングをも起こしやすいので、それを嫌ってライブではこれらコンデンサーマイクを使わずにいたのだけれど。
これらのマイクはうちのスタジオにもごろごろ転がっているので、今度機会があれば使ってみようかな。
その他、ちなみにTOM類にはシュアのSM58、スネアにはSM57を使っていました。
一度宿へと戻り、夜は夜の繁華街ラパにあるカリオカ・ダ・ジェマという店に行ってみる。
昨晩行ったサクリレジオの隣にあるお店です。
23時頃まで続いた前座演奏の後、23:30から、より大編成のバンドが登場。
打楽器隊3名、フルート1名、弦楽器3名の編成。打楽器はスルドーの人にパンデイロの人、それに何でもアリの人がいた。
その奏者はジョバンニコンパクトコンガなども使っていました。
演奏はとても良かった。
ところでサンバやショーロにはベースが滅多に入ってこない。
ギターの人がベース音も弾いている事が多い。
今日も立ち見だったが、心得て人混みを避け、階段を少し登ったところでステージを見ていたので、その高さが幸いして演奏している姿もよく見る事が出来た。
全て有名な曲なのだろう、会場で踊っている人達も一緒に歌っている。
しかし女性の踏むサンバのステップはとても素早い。
この特別なステップはどういった起源を持つのか興味は尽きない。
立ちっぱなしには非常に弱いので1ステージ堪能して会場をおいとまする事にする。
しかしラパはすごい。
帰りがけにもあちらこちらのお店から生演奏の音が聞こえてくる。
コパカバーナやイパネマには名店も多いが、ラパ地区のようには密集していない。
ここにはサンバはもちろんの事、サルバドールで聞いたような太鼓音楽の音、それにフォホーの店もある。
フュージョン系サンバのインストルメンタル、ドラム入りのサンバを聞かせる店もあった。
コパカバーナのホテルからは若干行きづらいが、音楽好きには是非ラパ地区に行ってみる事をお薦めしておきたい。
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3時前に起床し、4時半のタクシーで空港へと向かう。
タクシー代14ヘアイス、本当はもう少し高かったのだが小銭分まけてくれた。
へぇー、こんな事もあるんだ、と額は大したことないけれど、その気持ちが嬉しい。
リオへは12:00着、まずは空港内のツーリストインフォメーションへと向かうが、非常に無愛想だったので地図だけ頂いてその場を立ち去る。
空港から市内へはオニブス・エスペシアルという強力なツールがある。
わずか5.5ヘアイスで市内まで連れて行ってくれるというもの。
バスは乗ると間もなく出発、今回まず泊まろうとしている宿、オスペダリア・グローリアはメトロのカテーチ駅付近にある。
地図を見ながら現在位置を逐一確認していく。
カテーチと声がかかったが、まだ一つ手前グローリア付近であったので降りずにいたら、バスは私の行きたかった方向を外れて海岸寄りの大通りへと出てしまい、そのままコパカバーナまで連れて行かれてしまった。
せっかくなので週明け後に泊まろうと考えていたコパカバーナ地区の宿、ヒラソルに向かい予約して、その後メトロでカテーチへと向かう。
カテーチ駅を出てロンリープラネット社のガイドに載っている地図が示しているオスペダリア・グローリアの場所を目指して歩く。
が、地図の指し示している場所には宿など影も形もない。
何度か行ったり来たりした挙げ句、周りの人に聞きまくってようやくの思いで宿へと辿り着く。
どうやらガイドに載っていた位置は間違いであったようだ。
この宿はむしろセントロ方向に一つ寄った地下鉄グローリア駅に近い。
予約はしていなかったが、幸いな事に泊まる事が出来た。
1泊15ヘアイス。
バストイレ共同の、今までの中でも、というか、我が人生に於いて最低レベルの宿である。
だが、なぜか結構気に入ってしまった。
エアコンも着いていないが、冬のリオはむしろ寒いくらいなので、何も問題はない。
宿に着くも早々に、すぐコパカバーナ地区のCD屋、モダンサウンドへと行ってみる。
ここは日曜を除いて毎日午後、店内無料コンサートがある事で有名なのだ。
行ってみるとグループがジャズ系のモダンなサウンドで演奏している。
さすが、モダンサウンド!などと納得してみる。
それはよしとして、こんなアカ抜けた音楽、久々に聞いた。
ドラマーは完全左利きのセッティングをしている。
誰だろう?
このお店へはこの後、毎日のように出勤する事になる。
他にまったくライブのない時間に、ここだけ、しかも上質な音楽が聴けるので。
夜は音楽の街、ラパへと行ってみた。
あちこちから生演奏の音が漏れる素敵な街だ。
たくさんの音が聞こえる中、サクリレジオという店に入ってみた。
渋い少人数のサンバをやっている。
パンデイロを二人の奏者が演奏していたけれど、ここでもやはり色の黒い人の方がリズムにキレがあり、音がよく通る。
23時に演奏が終わったので帰ろうとすると、何と今のは前座であったという。
それではと、しばらく待っていたら、より大編成のバンドが準備を始めた。
本場リオで始めて本格的なサンバを聴いた、記念すべき日である。
サクリレジオに入っていたバンド
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レシフェ近郊のポルト・ダ・ガリーニャスという海岸が珊瑚で出来た砂浜を持ち、全国的に有名なくらい綺麗だというので、是非とも行ってみたいと思った。
フロントで行き方を尋ねると、宿のすぐ近くにある8番の停留所でポルト・ダ・ガリーニャス行きのバスを待て、あるいは確実に行きたいなら旅行会社のツアーで行け、と言う。
それでは、と言われたように8番パラーダでバスを待つ事にした。
前もって自分で決めておいた待ち時間、30分を過ぎても目的のバスはやって来なかったので、あきらめて地球の歩き方にボア・ビアージェン海岸より綺麗、として載っていたカンデイアス海岸へと行ってみる事にする。
ピエダージ地区を抜けると大きい建物もまばらになり、期待を抱かせる風景。
30分ほどでカンデイアスの終点に着く。
そこから真っ直ぐ下って海を目指す。
昭和40年代にあった日本の団地のような住宅地を抜けると海岸に出た。
はたして出てきた海岸は・・・
なんと緑色の水をたたえていました。
水浴をしていた人もいたけれど、とても私はあの水の中に入る気にはなれませんでした。
この海岸のある地区は田舎で水が綺麗そうではあったが、大変残念な事に地区の右側から河川水の流れ込みがある。
しかも多分、浄化の進んでいない下水をふくんだ河川水。
河の向こうには椰子の林が広がっているのが見えていて、あちらは雰囲気も良く水も綺麗そうなのだけれど、渡る橋が見当たらない。もちろんこの汚水で満たされた河を泳いで渡る勇気もない。
あきらめて、よりレシフェ中心部に近いピエダージまで引き返す。
こちらの海岸はさっきのカンデイアスよりは多少まともだが、やはり泳ぐ気にさせられるような水ではなかった。
濁りがひどい。
思うに地球の歩き方に載っている記事は田舎にある海岸だから綺麗だろう、という推測によって書かれたのではないだろうか。
あの地形、浜の右から河川の流れ込みがあり、海流が右から左へと流れている事から考えて、たまたま行った日の気象条件に因らず、常にあの海岸は汚染された水で満たされていると思うよ。
あきらめてまったく泳ぐ事なくボア・ビアージェンへと戻る。
ちなみにこのボア・ビアージェン海岸はサメが出るとかで遊泳禁止となっている。
また、波も荒い。
夕方となりボア・ビアージェン海岸に屋台が出始めたので、こちらの特大焼き鳥を食べてみる。
美味い。
後日調べてみたら、あこがれのポルト・ダ・ガリーニャス海岸へは長距離バスターミナルからバスが出ていたらしい。
う~ん残念。
しかし、こういった取り逃がしがあるから、またその土地へと行きたくなるんだよね、と勝手に納得する事にした。
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今日はブラジル最古の街オリンダとレシフェの旧市街を散歩してみる事にする。
まずはレシフェ旧市街から。
レシフェはブラジルのベニス
地下鉄レシフェ駅を昨晩と同じように降りて、しかし今日は歩いて旧市街を巡ってみる事にする。
地下鉄レシフェ駅
市街はとても賑やかで、昨晩のガラガラさ加減からは想像し難い活気に溢れていた。
活気あるレシフェ旧市街
市街のあちこちに小径があり、直交しない道路も多いので、ちょっとした迷路のようである。
たくさんの教会があり、不意にその姿を見せる。
街のあちこちに教会が見える
昨晩の舞台、サン・ペドロ・ドス・クレリーゴス教会や街の守護教会であるカルモ教会は特に独特の雰囲気を持っており美しい。
カルモ教会
また、商店や露店も非常に多く、それらを冷やかすのも楽しい。
露天の果物売り
気に入った。この街は散歩して面白い街だな、と思った。
San Jose、Sao Antonio、Recife Antigoの各地区を散歩した後、オリンダ行きバス乗り場から847番Alto Nova/Olinda行きのバスに乗る。
バスは小高い丘の上にある石畳の街に到着したので、車掌に「ここが古都オリンダですか?」と聞くと「違う」と言う。どうやら乗るべきバスを間違えてしまったようだ。
どうやらオリンダという地名はあの有名な歴史地区を指すだけではないらしい。
車掌に事情を話して折り返しのバスの中で出発を待つ。
しばらくして出発した。途中にある、これまたオリンダという街に降ろされた。
オリンダって街、3つはあるわけだ。降ろされた近くのショッピングモールの名前がナンタラOlindaナントカ・・・でした。
車掌は来た道の方を指さし、あちらのバス停でもう一度バスを拾えと言う。
わけのわからぬままとりあえず言われた方向へと歩いてみる。
途中、男性に時間を聞かれたので、これ幸いとこちらからも質問する。すると、その男性は親切にもオリンダへ向かうという乗り合いのフォルクスワーゲン1ボックスワゴンをバス停でしばらく一緒に待って拾ってくれた。
かくしてどういう経路を通ったのかよくわからぬまま、兎にも角にも古都オリンダに到着。
オリンダ・カルモ教会
まずは美しいカルモ教会前にある、街のツーリストインフォメーションへと行ってみる事にする。
たいした資料はなかったが、名前を漢字で書いてくれと言うから、なるべく佳い字を当てようと悩みながら書き記す。
まさか「ペドロ」に「屁泥」とか、当てるわけにはいきませんからね。
ここいらへんはいつも悩みの種。外人の名前は漢字の読みに当てはまらない発音が多くて、いつも四苦八苦する。
オリンダは坂の街だ。
坂の街、オリンダ
この街も絵になる風景をあちこちで眺める事が出来る。
坂のある街には風情がある。
日本で思い出してみれば長崎、函館、神戸、横浜、草津etc...キューバならサンチアゴ・デ・クーバだ。
定番だけど、セー教会にあるバルコニーみたいなところから眺める景色はやはり素晴らしい。
オリンダ・セー教会
しばし街と海をを見下ろし眺める。緑の多い街の中に教会がポツポツと建つ。
丘の上から見たカルモ教会
これまた散歩して最高の街だ。
残念なのはガイドをしたがる輩が群がってきてうるさい事だろうか。
特に街の麓と高台にあるセー教会の辺り。しかしあとは静かなものである。
一通り散歩して満足した後、帰途に着く。
さすがにセントロ方面に向かうバスを見つけるのは簡単だ。
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10:00ホドビアリア(長距離バスターミナル)発のバスで北部最大の都市レシフェへ向かう。
12:10レシフェのホドビアリアへ到着。まずはツーリストインフォメーションへと向かう。
ブラジルのツーリストインフォメーションは親切なところが多いけれど、ここ、レシフェのインフォもすごーく暖かみがあって親切なところでした。
まずは市内地図を頂き、音楽の聴ける場所を尋ねてみる。インターネットを使って丁寧に調べてくれる。
しかし、特に見ものは上がってこなかったけれど、テルサネグラ(黒い火曜日)だけは見に行くようにとの事。
次に宿を紹介して頂く。
ボアビアージェン地区にあって1泊55ヘアイスの手頃な宿。
それに航空券が安く買える場所はないかと尋ねてみると、これは空港で買うのが良いとの事。
ところでレシフェのホドビアリアは地下鉄で市街地と直結しており、最高に便利である。
宿への行き方を尋ねると、その地下鉄とバスを乗り継いで行けと言う。
私の荷物を見せて「この荷物でもバスに乗る事が出来るか?」と聞いたら即座に「ポージ!(出来る)」と言うので、思い切って地下鉄とバスを使って宿まで行ってみる事にする。
まずは地下鉄でジョアナ・ベゼハ駅まで行き、そこで008番のバスへと乗り継ぎ8番の停留所で降りるように言われていたから、その通りに行ってみた。
レシフェ市内のバス停にはそれぞれ番号がふってあり、土地勘のない旅行者には大変ありがたい。
さて言われた通りに行き、しかしやはり大変な思いをし、大荷物を担いで満員のバスを降りる。
宿はすぐに見つかった。
荷ほどきする間もなくフロントで空港への行き方を尋ね、バスで空港へと向かう。
一刻も早く最後の目的地、リオ・デ・ジャネイロへの切符を確保しておきたかったのである。
空港内にあるルック・ヴィアージェンという旅行会社で12日6:00発の便を買おうとしたが、カードが使えないというので予約だけしてもらい、TAM航空のオフィスでチケットを買った。
どちらのオフィスも対応良かった。300ヘアイス。10時台とか、良い時間の便はこの倍額以上する。
チケットを無事手に入れ、ほっとして宿へ戻る帰りしなに少し遠回りして海岸沿いを散歩していたら、屋台で売ってる特大焼き鳥(?)を見つけたので食べてみる。1本2ヘアイス。スコールも一緒に売っていた。同じく2ヘアイス。
夕方のボアビアージェン海岸
そういえば、このボアビアージェン海岸ではサメが出るらしい(^_^;) まさか、こんな名の知れたリゾート地のビーチが遊泳禁止とは考えもしませんでした。波も荒い。
サメが出る!
サメが出る!拡大
宿へ戻ると慌ただしく今度はテルサネグラの会場となるレシフェ旧市街へと向かう。
何かと評判の悪いレシフェ旧市街だから、メトロのレシフェ駅を降りた後、タクシーを使って会場となるサン・ペドロ教会前の広場へと向かう。
なるほど確かにタクシーの車窓から見る、夜のレシフェ旧市街はひっそりと静まりかえり不気味である。
会場で聴いた音楽は・・・なんとレゲエ。ジャマイカのレゲエ。
ブラジルではレゲエが盛んだって、話には聞いていたけれど、このレシフェ、テルサネグラでぶち当たるとは。
テルサネグラのレゲエバンド
テルサネグラの会場、サンペドロ広場
今夜はもしかしたらマラカトゥとか、レシフェ発信の本場ものを聴く事の出来る大チャンスかもしれないと思っていたので、レゲエも嫌いではないけれど正直ちょっとショックでした。
手持ちのガイドには、テルサネグラではこの地域特有の様々な黒人のリズムが聴ける、みたいに書いてあったのですが。
周りの人に聞くと、ここではいつもレゲエだと言う。
また、火曜日だけではなく、金、土曜日にもここで野外ライブがあるとも。
今回レシフェは音楽を聴くチャンスの多い週末滞在の予定はなく、平日の滞在のみだし、もしかしたらここでの音楽体験はレゲエのみで終わってしまいそうな予感・・・。
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今日はブラジルでも三番目に古いという、古都としての性格も併せ持つジョアン・ペッソーアの旧市街を巡ってみようと思う。
10時頃プロフェッソーラ・マリア・サレス通りから510あるいは513番のオニブス(公共バス)に乗ると30分ほどで旧市街に到着する。
ジョアン・ペッソーアのオニブスは珍しく後ろ乗りである。
また、ここのバスターミナルにはゲートがある。
活気のある道沿いのお店と露店。
旧市街へと向かう途中に見えた高台の教会へと向けて歩を進める。
途中露天でハンバーガーとカジュのジュースを飲む。
合わせて1.7ヘアル。
愛想の良いおばさんが私のポルトガル語を根気よく聞き取ってくれる。
「ハンバーガー」はブラジルでは「アンブルゲ」だ。キューバでは「アンブルゲサ」音は似てるけれどアクセントの位置が違うから、そのままでは勘の鈍い人には通じない。
一息ついて高台にある、ダス・アルマス教会やビスポ宮殿のある地区へと行ってみる。
ダス・アルマス教会
ビスポ宮殿
近所に学校もあり、のんびりとしたムードが漂う。
ブラジルの都市には珍しく、ここジョアン・ペッソーアは大変治安の良い街であるらしい。
もっとも綺麗だと思ったのは、さらに街の外れにある教会。
ジョアン・ペッソーアのきれいな教会 
ここには観光案内所もある。
また、近所にはコロニアル風な街並みもある。 コロニアル風の街並み
ジョアン・ペッソーア旧市街散策中
喉が渇いたので、帰りにもアセロラのジュースを飲んでいく。
バスターミナル至近の食堂。
ジュースに少し水道水を混ぜているのを見てしまった。
帰りのバスはタンバウ辺りの海が見えて、こんなものかと思ってバスを降りたら宿まで思いの外距離があった。
30分くらい歩いたかも・・・バスを使った意味を半減させてしまいました。
宿へは13時頃到着。
まだ日暮れまでには時間があったから、カボ・ブランコへと泳ぎに行ってみる。
こちらの日暮れは5時前だ。
非常に早い。
考えてみれば、ここジョアン・ペッソーアは南アメリカ大陸最東端に位置する。
いま最もアフリカに近い位置にいるかと思うと、感慨深いものがある。
月曜の海岸は人もまばらであった。
また、海岸沿いのお店も半分くらい閉まっている感じ。
月曜は盛り上がらない日のようだ。
夜、フォホーが聴けるか、心配になってくる。
しかし、海岸沿い以外の店でもフォホーのライブがあるのを発見。
始まるまで近くのショッピでブラーマの生ビールを飲みながら、こうしてW-ZERO3で日記を書いて過ごす。
いざ音が聞こえてくると、どうも海岸の店の方がよさげだったので、待ったものの海岸の店へと移動する。
ちょっと興味のあった若者のフォホーを観る。
なんだかジャニーズJrでも観ている気持ちになる。
しかし中々勢いはある。少し色の黒いサンフォーナの奏者などは中々良い感じだ。
ジャニーズ系フォホー楽団
いつの間にか、昨日、一昨日と通った店に出演していたプレイヤーが飛び入りしてきた。
今夜あちらのお店はお休みであった。
本来こちらからすべき挨拶を、握手付きで向こうからされてしまった。
キャリアの長い人のプレーには、何か深み、凄みを感じる事が多い。
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朝、起きてまずママォン(パパイヤ)を自分でスライスして食べてみる。
極上の旨味なり。
ママォン
ママォンを割ってみた!
オレンジジュースも絞ってみる。
これも美味い。
混ざりものがないので、お店で飲むジュースよりも美味しい。
店で100%ピュアなものが出たとしてもそれはぬるかったり。
でなければ、大抵は冷たくても氷を入れる分薄くなる。
そうして朝を過ごした後、昨日の夕方に見たカボ・ブランコ海岸の方が状態が良さそうだったし、またあちらでは泳いでいる人も何人か見かけたので今日はカボ・ブランコ海岸へ泳ぎに行ってみる事にする。
日曜で賑わう桟橋
日曜のカボ・ブランコ海岸
確かにこちらは幾分状態がよく、多少泳ぐ気にはなる。
しかし、まったく見通しのきかない海の中を泳ぐのはちょっと不気味なものです。
何か不気味な生物がいてもわからないワケで。
場合によっちゃあサメとか・・・。
どうも今まで訪れたブラジルの海岸の砂浜は赤味がかかった細かい砂のところばかりで、海中の視界が悪い。
もし真っ白な砂浜が見たかったら、キューバのバラデロやその他北西部海岸、メキシコのカンクン、バハマのナッソー、北米のマイアミやフロリダキーズへと行くのがよいだろう。
いずれの海岸においても、絵に描いたような白と青のコントラストが見られるはずである。
キューバの南に連なる島々にも機上から真っ白な砂浜を確認した事がある。
また、こういった珊瑚やら石英質やらで出来た砂浜は、砂浜ながらもなぜかそれなりの透明度が確保される。
フォルタレーザにいた時、和歌山県にある白良浜海開きの映像を見たけれど、あそこの砂浜もその名に違わず奇跡的に白い。
もっとも最近はどこからか海外より砂を輸入しているという話を聞いた事があるけれど。
なんだかんだと泳いでいると、道路からこちらの砂浜に張り出したレストランでドラム入りのサンバが始まったので、それを聴きに行ってみる。
ハイハットのノリが気持ち良い。
今日は日曜日だから、日中もライブをやっているお店がいくつかみられる。
こうして日がな一日、泳いではライブを聴いていたのであった。
夜になるといよいよフォホーが始まった。
あのバイオンのリズムは何か心を浮き立たせる。
今晩も真ん中の店へと行ってみる。
フォホーの楽団本日はBass入り
隣の店では若者三人で大盛り上がりしているので、明日はもしやっていればあちらに顔を出してみようと思う。
しかし、あまり期待していなかったのに、ここジョアン・ペッソーアの音楽環境は素晴らしい。もっとたくさんの外国人も来たらよいのに、と思う。
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朝のカフェ・ダ・マニャンの後、宿の主人タトー氏にホドビアリアへと送ってもらう。
来る時には20ヘアイスだったタクシー代が帰る時には30ヘアイスだと言う。
こういう場合抗議するべきなのだろうが、和を以て尊しとする私はやはり日本人、一度人間関係が出来上がってしまうと、それを壊したくないという気持ちの方が先に立ってしまう。
おまけに氏の知り合い女性を相乗りさせて先にそちらの用事先へと向かう。
一体どういう事か。
「トカ・ド・タトー」クオリティーの高い宿ではあるが、計算高い主人が仕切っている事をお忘れなく。
さて、10時発のコンベンショナル27ヘアイスに乗り、パライバ州々都ジョアン・ペッソーアには2時間後のお昼ちょうどに到着。
ホドビアリア(長距離バスターミナル)の周りも活気に溢れ、何か楽しげな街である。
今回はロンリープラネット社のガイドに載っている宿へと向かう事にする。
ナイトライフの盛んだというタンバウ地区にあるアパートメントタイプの宿、マル・アズール。
マル・アズール室内の一部
普段は30ヘアイスだが、週末は1泊40ヘアイスだという。
キッチンと大きな冷蔵庫が付いているのが魅力。
キッチンは向こうの部屋
今回はこれで安くて新鮮なフルーツを贅沢にしぼって生ジュースを思い切り飲んでみたい。
部屋は人によってはファミリーで借りているくらいだだっ広い。
フロアでダンスパーティーが出来るぜってなもの。
荷をほどき、まずは泳ぎに行ってみる。
が・・・。
今回、今までの中でも最も砂をまいた海。
と、いうかまるで沼の水みたい。
タンバウ、宿の前の海岸
さすがに泳ぐのをためらう。
また泳いでいる人も辺りでは見かけない。
あえなく退散し、タンバウのツーリストインフォメーションへと行ってみる。
このツーリストインフォメーションで、詳しいものの、紙が分厚くて持ち運びづらいマップを頂く。
タンバウの沖合にはピカンジーニョとかいう珊瑚で出来た島があるらしい。
そこいらの舟に頼めば連れて行ってもらえるという。是非これは行ってみたいものだ。
写真を見せてもらったけれど、とてもきれいな水だった。
その後、街の市場へ果物を買いに行く。
もちろんジュースにするためと生食用。
オレンジとパパイヤ、それにカジュとかいうのも買ってみた。
これらを冷蔵庫に冷やして散歩へ出直し。
ホドビアリアからタンバウに向かう道が海にぶつかり、ちょうど十字路になる地点を境にし、海に向かって左がタンバウ、そして右手がカボ・ブランコだ。
タンバウとカボ・ブランコを分ける大通り
バスターミナルで乗せてもらったタクシーの運転者が言うには、この両地区がジョアン・ペッソーア市内で最もホテルの密集している場所だとの事。
そのカボ・ブランコをも散歩してみたが、どうもタンバウよりこちらの方が町並みが整然としている。
いずれこちらが観光の中心地となってくるかもしれないな、と思った。
カボ・ブランコの海岸
さて、夜。
すごいすごい。
海辺のレストランでは生演奏のオンパレード。
弾き語りからフォホーまでさんざん様々。桟橋付近の三店でフォホーをやっていたので、もちろんそこに行ってみる。
見比べてみて、ザブンバ奏者のビートのキレが格段に良かった、年配の人が演奏しているその三店のうち、真ん中にある店へと入る。
真ん中の店のフォホー楽団
サンフォーナ(アコーデオン)、トリアングロ(トライアングル)、ザブンバ(太鼓)による典型的なフォホーのトリオ編成。
これは楽しい。
サンフォーナの蛇腹を小刻みに震わせて16ビートで和音を刻んだり。左手のボタンはどういう仕組みになっているのかよくわからないが、サンフォーナ(アコーデオン)はすごい可能性を秘めた大変魅力的な楽器であるなと感じる。
ここでのザブンバはこれまで見た事がない革新的にファンキーなビートを叩きだしている。
右手に持つ太いマレットでBD(バス・ドラム)にも似た低音、左手の細いスティックでSD(スネア・ドラム)にも似た音を出すのだが、そのコンビネーションがまるでドラムの名手、スティーブ・ガッドを聴いているかのようである。
素晴らしいグルーヴ。
時折ふらっとやって来るミュージシャン達と全ての楽器が入れ替わったが、ここでもやはり色の黒い人ほどリズムがよく通る。
ハギレが良いというか。
ホントに全然違うからイヤになってしまう。
私たちは黄色人種で、それほど色は黒くないですからね。
トリアングロはチキチー、チキチ-の定型を基本的には守るが、歌の合間に緊張感のあるブレイクをはさむ事もある。
これも黒い人のワザ。
これらをこんな間近で見る事が出来るなんて、本当に愉快な気分。
演奏はまだまだ続いていたが、ビールを飲み終え、午前1時頃この海辺にあるレストランをおいとまさせて頂く。
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5月5日の誕生日をキリスト生誕の名を持つこの街、ナタルで迎えるというのも何かの縁なのでしょうか。
ナタルは本日も快晴。 カフェ・ダ・マニャン(朝食)の後、もはや日課となった遠泳へと出かける。
この海岸で遠泳は大袈裟か。
出来れば珊瑚礁の島にあるきれいな入り江などで泳いでみたいものである。
誕生日だし、一人でビールを飲んでみた。
缶の上部へ偉そうに金色の箔をかぶせてあるビール。
名前は残念ながら忘れてしまった。
写真はもう1本飲んだそれとは別のクローネンビール
午後はブラジルへ来て2度目のインターネットをする。
宿の近所、クルゼーロバス停付近にあるインターネットカフェではなんと1時間1ヘアル(56円)!
ただし和文はインストールされておらず、全く読めないし書く事も出来ない。
ちなみにクルゼーロバス停のある公園には、その名の通りクルゼーロ(十字)のモニュメントがあってわかりやすい。
画像として貼り付けてある日本語情報と記憶を頼りに、クリックすべき場所を探し当てながらネットサーフィンする。
何通かメールを頂いていたけれど和文でのものは全く解読不能。
仕方なく読めませんでしたがお返事は帰国後に、といった内容の返信をさせて頂く。
今日は見るべき催しについても全く見当がつかなかったので、一日静かに過ごす。
ナタルはあまり騒々しいリゾート地ではない。
NHKの視点・論点などをつい見てしまった。
少子高齢化を食い止めるには、といった題での某大学教授女史による論説であったが、なるほど女性が子どもを生み育てながら働ける環境を整える事は確かに大切であると納得しながらも、性差を考えない主張には違和感を覚えた。
子どもを良識ある大人に育てるためには、幼い頃充分な愛情を与える事が大切であると思うが、たとえば両親揃った環境において万が一母性愛に溢れる父親の手によって育てられた子どもが大人になった時の事を考えるとちょっと怖い。
算数を使って育児を男性女性「公平」に割り当てたとして、はたしてそれがよい事なのかどうか。
負担が公平なのは大切だとして、しかしそれぞれの役割があるんじゃないか。
父としての、母としての。
もし父と母が全く同じような役割を担う社会が到来したら・・・今以上に社会のひずみが大きくなるんじゃないかな。
未来に向けて、母からは母の愛を、そして父からは父の愛をまっとうに受けた子ども達が育つ社会であってほしい。
父、男性が正しく持つ父性とは、我が子に社会の壁といったものを教えるべき存在であってほしいと思う。
正常な男性なら母性的な愛を彼が我が子へと与える事は出来ないだろう。
それは重さが同じでも、女性が持つそれとはその形を異にするであろう。
同じく、母性は女性が持ってこそ正しく母性なのである。
これは性差、「差別」ではなくて「違い」である。 男が男である事、女が女である事はどうにも変えようがないではないか。
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今日はどんなものか見ておきたくて、ナタルのセントロを散歩する事にする。
とはいえ、カフェ・ダ・マニャン(朝食)の後、まずは一泳ぎ。今日は波が静かだ。
海岸沿いの通りに面して「ハード・フォホー・カフェ」(笑)という看板のかかったお店を見つけた。
ハードフォホーカフェ(笑)
が、よく見れば既に閉店、残るは荒れた店内の残骸のみ。
往時は如何なものであったか。
名前からしてすごそうだ。
その海岸沿いのベンチに腰掛けて休んでいると、一人の青年が話しかけてくる。
しようもない話。しかし、もうじき若きパパになるとの事であった。
話し込んだ後、一度宿へと戻る。
今回の宿トカ・ド・タトー、設備は良いのだが今のように泳ぎ疲れて宿へ帰る時、何十メートルも標高差のある坂を必ず登らなければならないのが難点と言えば難点である。
かえって健康に良いというむきもあるが・・・実は私もそう思う一人である。
午後はそういうわけでナタルのセントロへと行ってみる。
ここは雑然とした旧市街。
ナタル旧市街の一角
一つだけ眺望の良い古そうな建物があり、中にはあまりやる気の感じられないツーリストインフォメーションがはいっている。
ここは何やら歴史的建造物であるらしい。
ツーリストインフォメーションのある建物から街を見下ろす
散歩しているうちに「ザス・トライス」という当地の民族音楽をみせるシアターを発見。
迷わず予約して帰る。
35ヘアイス。
20:30開演で24時終演というから、かなりな見ものである。
楽しみ。
一度宿へと戻り、夜再び「ザス・トライス」へと向かおうとすると、何やら宿のロビー付近に人が集まっている。
何かあるのかと聞いてみると、なんと宿泊関係者のうち3人までもが仏教徒で、これからその集会に出かけるという。
南無妙法蓮華経を唱えていたから日蓮宗系だろう。
集会に誘われたけれど、私はマントラを唱える密教は真言宗豊山派なので、とお断りさせて頂いた。
しかし、ちゃっかりと集会へと向かう車には便乗させて頂き、途中からバスに乗り換えて会場へと向かう。
バス停で何本かバスをやり過ごしながらフロントガラスに書かれてある行き先を確認する。
以前見かけて場所のわかる、これなら大丈夫だろうと思われた「NATAL SHOPPING」と行き先を表示してあったバスに乗り込んだが、そのナタルショッピングを通り過ぎた後、右折して目的地とは違う方向へとバスは行ってしまった。
ナタルショッピング
仕方なく次のバス停で下車して会場へと猛ダッシュ!
まだまだ目的地手前だったので25分程は走っただろうか。
会場のザス・トライスは、ポンタ・ネグラから旧市街へと向かう大通りに建つ中華料理店を目印にして旧市街に向かって左に入り、数本通りを横切った辺りにある。
余裕だったはずが汗だくで会場に入り、せっかくのシャツも汗で台無しである。
この店はウエイターの教育が行き届いている感じで、対応に好印象!
名前は忘れてしまったが、お薦め旬の生ジュースをビールの前に一気飲みしてしまった。
さて、ショーはどんなものか。
まずはフォホーのバンド演奏。
中々良い感じ。
フォホーの楽団
このバンドではドラムのキックを「ンッ、ドッドー、ンッ、ドッドー、」といわゆるデイブウエックル系ソンゴのようなパターンで踏む。
これはこれで心地よいシンコペーション。
このBDにザブンバが絡み、最高のボトムグルーヴを生み出している。
ベースは時折アタマも突きながら進む。
ハイハットはやはりここでも裏返らない。
「チキチー、チキチー」と規則正しく刻んでいる。
その後コーコ、カボクリーニョ、カリンボ、フレーボ、マクレレ、カポエイラなど、立て続けに演じられてゆくが、ここのショーはどうもダンスメインらしい。
バンドは決して下手ではないのに、アレンジが頂けない。
どれもこれもがショーアップを狙ってデフォルメしてくる。
ブラジル音楽の源流を探るショーの一幕があり、ブラジルに影響を与えた世界各国の音楽を短くメドレーにしたてて音楽と踊りで紹介してくれたので、ブラジル音楽をよく知らない私にも、ああ、これはデフォルメかけてるな、というのがよくわかった。
それはお笑いの人がステテコをはいてハゲのカツラや牛乳瓶めがねをかけてマヌケな人を演じるような分かり易さがあり、これはこれで良い面もあるのだろう。
が、私のようにオリジナルに忠実な音楽を聴きたいと思う向きには苦々しいものである。
とはいえほぼ誰もが、楽しい派手なショーを見て大騒ぎしながら一晩過ごしたいでしょうから、商業的に成功する為にこのお店の方針はあながちまちがった方向ではないのだろう。
ただ、私の求めるものには合わなかった。
また、メインとなっているそのダンスもチーム内個人の力量の差が大きかったように感じられた。
要所で振りが揃わない。
ダンサー達はカポエイラの演舞をしている時が最も生き生きといていたように見受けられた。
カポエイラの演舞
不満とはいえ、それぞれの音楽やダンスの大体の雰囲気が掴めたのは良かった。
しかし、本物を見てみたいという欲求は高まるばかりである。
ショーの一幕
またサンパウロから遊びにやってきたという日系の老夫婦が楽しそうに踊りハジけていたのが印象に残る一夜であった。
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夜が明けると、景色はサルバドールからフォルタレーザへの道よりさらに一層乾燥した土地の様相をなしていた。
より短い下草の間にぽっこりと生える低木の広葉樹や椰子の木。
乾いた景色
6:50リオ・グランデ・ド・ノルテ州、州都ナタルへ到着、朝早くからホドビアリアのツーリストインフォメーションが開いていたので、早速ライブや宿の情報を集めに行く。
しかし、ここでは残念ながらライブ情報は皆無。
宿は1泊60ヘアイスで良いところがあるというので、自分の予算より少し高めだが予約をお願いする。
ナタル、ホドビアリアの切符売り場
しばらくして宿の主人が来るまで迎えに来た。
サンパウロ出身の白人、タトー氏。
早着という事で、この宿では半額の30ヘアイスの超過料金を請求される。
また、迎えの車は20ヘアイスだという。
氏は中々計算高い。
だが、その部屋は値段なりに、今まででもダントツにクオリティの高いものであった。
広い室内にエアコン、ミニバー、電話、それにNHKの入るTV付。室内も非常にきれいに保たれており、またタオル等の備品もくたびれてなんかいない。
日本のビジネス並みのクオリティ&広い部屋というところか。
日本のビジネスにも希にヒドいところはありますが、この場合はごく普通のビジネス、という事で・・・。
今回の宿、トカ・ド・タトーの室内
宿に着いて早々、まずカフェダマニャン(朝食)を頂く。
この宿では宿泊者がみんな仲良く知らない者同士が会話を楽しみながら朝食をとる。
同宿はイタリア人、ファブリッツォ。
イタリア人と話をするのは初めてだが、陽気なイタリア人の名に漏れず、彼の表情は欧米人の中でも一際大げさで楽しげだ。
ローマ在住との事。
朝食を済ませた後、ポンタネグラ海岸にあるツーリストインフォメーションへもライブ情報はないか、聞きに行ってみた。
2つ、3つ出てきた。
今夜はそのうちの一つ、プライア・ショッピングというショッピングセンターで行われるというライブを観に行ってみる事にする。
ポンタネグラ海岸の高台にある今回の宿、「トカ・ド・タトー」はクレジットカードが使えないとの事だったのでツーリストインフォメーションに来たついでに海岸沿いにあるATMでキャッシュを引き出す。
宿の支払いを済ませた後、ここのビーチはどんなものだろうかと泳ぎに行ってみる。
宿から真っ直ぐに海岸へと向かって降りるとちょうどポンタネグラ海岸の真ん中辺りに出るようである。
ポンタネグラ海岸
風邪をひいた後はいつもいばらく気管支に炎症が残り咳の発作が怖いので、海岸と平行して右手に見える砂漠を目指して泳ぐ事にする。
沖へと泳ぐのは不安だけど、海岸線と平行に泳いで、そんな岸と離れなければ、万が一何かあっても根性で何とかなるだろう。
とはいえ、海の色がエメラルドグリーンに変わる、150メートルほど沖合まではどうしても出ておきたい。
ここの海も視界は良くない。
殆ど利かないと言ってよいかもしれない。
砂漠に泳ぎ着いた後、Uターンして反対側へと再び岸に平行して泳ぐ。
ビーチの中ほどを過ぎると急に波が荒くなり、沖合でも時折波頭にやられてしまうほどだった。
とても泳げそうではない。
90度左に転回し、あわてて岸へと向かって泳ぐ。
岸に着いてみれば、ビーチの真ん中からこちら海に向かって右手の方はサーフポイントとなっていた。
どおりで。
夕方、例のプライア・ショッピングセンターへと出かけてみる。
ツーリストインフォメーションで聞いた話では18時頃から始まるとの事だったので、その時間に合わせて行ってみたが、いっこうに始ま る気配はない。
ショッピングセンターのインフォメーションで尋ねると、20時のスタートだという。
仕方なく店内のベンチに腰掛けてW-ZERO3を使いこうして日記をつけたり情報をまとめたりする。
そうこうしているうち、やがて生演奏の音が聞こえだした。
その音は・・・ポータサウンドの弾き語りでした。
今晩は早々と退散。
夜はついNHKを見てしまう。
今年のゴールデンウィークは天候に恵まれているとの事。
もし日本にいたのなら、今頃どこに行っていただろうかと考える。
阪神電鉄のの大株主、村上世彰氏が若き日の欽ちゃん、こと萩本欽一に見えるのは私だけか。
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朝起きてカフェダマニャン(朝食)をとった後、近所のメイレレス海岸へ今日も泳ぎに行く。
昨日より波が静かだ。
高気圧に覆われて穏やかに晴れる日が続くであろうハイシーズンにはもっと波が穏やかで透明度も増すに違いない。
100メートルほど沖合まで泳ぐと、そこいら辺から若干濁りが取れてくるようにも感じる。
午後は今回最後のフォルタレーザ散歩に出かける。
途中ガソリンスタンド併設のコンビニでボエミアを買って飲んでみた。
1.69ヘアル。
Bohemia
フォルタレーザ滞在後半からは傘など必要のない良く晴れた日が続いている。
しかし、日中のビーチと夜のナイトライフを両立させたいなら、このメイレレス海岸地区のホテルを選ぶのがベストのように思う。
夕方も散歩。
夕方のメイレレス海岸
やはり夕方が一番、街は賑やかだ。
ビーチにいた人たちが街へ戻ってくる。
夜、宿へと戻りシャワーを浴び、フロントで呼んでもらったタクシーでホドビアリア(長距離バスターミナル)へ。
16ヘアイス。
今日フォルタレーザ滞在最終日、ホテルを出たのは21:30頃だったのに、このホテル「バーデンバーデン」では超過料金は必要なかった。
さて、バスはノルデスチ社のセミレイト(半寝台車)。
定刻通り23時に出発。
今回ブラジルで色々なクラスの長距離バスに乗ってみたが、このセミレイト(半寝台車)とレイト(寝台車)のクオリティには大きな開きがあると感じた。
セミレイトには足台もなく、また毛布が付かなくて非常に寒い。
なぜか熱帯地域を走るバスは冷房を必要以上にかける。
この世界では熱帯でありながら、寒いバスの中で冬用のジャンパー嬉しそうに着込むのがマナーなのだ。
レイトで毛布が付いていた事に安心して油断してしまった私は、今回ヒドい目にあった。
また、飲み放題の水やコーヒーも付かない。
何よりも車内の清潔度といったものが大きく違うように思う。
とにかく長距離の移動には必ずレイトを使うようにお薦めしておきたい。 それは払う金額の差以上にクオリティの差がある。
はっきり言ってセミレイトのクオリティは一番安いコンベンショナルのそれに近い。
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本日、今までと打って変わっての快晴。
この良い天気にたまらず、きれいとの評判高い、フォルタレーザ郊外にあるフトゥーロ海岸へと行ってみる事にした。
中でもホテルのフロントで一押しのクロコビーチというところに。
お世話になったホテル「バーデン・バーデン」の入り口
オニブス(公共バス)に乗る。
オニブスとは行ってもフォルクスワーゲン・ワゴンの小さなもので、51番のバスがフトゥーロ海岸行きとなっている。
30分程も走っただろうか、クロコビーチへと到着。
海岸は平日にもかかわらず、海水浴客で大賑わい。
私も早速泳いでみる。
ところで、ここの海岸は本日、殊の外波が荒い。
サーフィンには向くだろうが、泳ぐにはまったくもって不向き。
見た目はきれいで、また海水も実際きれいなのだろうが、この荒波のせいで砂が巻いてしまい、海中の視界はまったく利かない。
私は魚やその他海の生き物を見ながら泳ぐのが好きなので、これは残念。
そんな事からわりと短時間で引き上げ、今度はお膝元、メイレレス海岸で泳いでみる。
メイレレス海岸
こちらメイレレス海岸の方が波は穏やかだが、砂粒はより細かく、やはり視界は殆どゼロに近い。
適当に何百メートルか泳いで早々に切り上げる。
メイレレス海岸に立つ近代的なコンドミニアム
着岸の際、ちょっとした岩場があり、右手薬指を切った。
血が止まらない。
しばらく血が流れるにままに任せて消毒代わりにした後、強く押さえ込んで止血。
岩場混じりの海岸では思わぬ大ケガをする事があるので十分な注意が必要である。
今回は大したことなかったけれど。
波の力は意外なほど強く、その勢いで尖った岩に身体ごと打ち付けられたりしようものなら、まるで刃物で切ったかのようにパックリと深い傷を負う。
以前、マレーシアのリゾートでスポーツサンダルを履いていたにもかかわらず、覆われていなかった土踏まずをの部分をパックリと切り、まったく血が止まらずにビビッた事がある。
それ以来、岩場が混じる海岸では短い靴下の上にスポーツサンダルを履き、しかも上半身はTシャツを着たまま泳ぐようにしている。
フォルタレーザに来て初めてアンタルクティカという銘柄のビールを見かけたので飲んでみた。
これは特に印象には残らなかった。
あまり好きなタイプではなかったように記憶している。
アンタルクティカ
夕方、海岸通りに出てみると思いの外、人が多い。
ウォーキングやジョギングする人で賑わっている。
それに夜市も立つようだ。
フォルタレーザは日中陽射しがとても強く、また暑いから、人々は夕方になると街へと繰り出すのだろう。
夜の海岸通り
道すがらカポエイラの演舞を見た。
また、民族衣装のようなものを着て演奏しながら練り歩く賑やかな団体にも出くわした。
民族衣装の団体
夜、ホテルのフロントでも、今夜どこかでフォホーのライブはないかと尋ねてみた。
すると、「ピラータ」と、ツーリストインフォメーションで聞いたのと同じ名前が出てきたので安心する。
やはり何かこの月曜の夜にはすごいライブがあるようだ。
何時から?と聞くと22時頃かな?と言うのでそれくらいの時間に合わせてピラータのあるイラセマ地区へと出かけてみる。
ピラータのあるイラセマ地区歓楽街
いざ行ってみると、開演は23時からと言う。
仕方なくそれまで埠頭で時間をつぶす事にする。
こういったお店の中はたばこの煙が充満しているので、出来ればあまり長居したくないのです。
たばこの煙と言えば、ライブハウスで演奏していても喫煙者が多いと翌日喉が痛くて、しかも声がかすれて出づらくなります。
嫌いなだけではなく、実際弱い。
ピラータの向かいにもフォホーをやるお店がありましたが、当初の予定通りピラータに入ってみる。
ここで聴いたフォホーは素晴らしかった。
キックはキューバンサルサと殆ど同じ場所を踏む。
また、時々踏むイレギュラーなアクセントもキューバンサルサとまったく同じ場所にはまってくる。
まず、このシンコペートした感覚が心地よい。
ベースは時折アタマも刻み、この自由なベースラインもよい。
キレの良いサンフォーナ(アコーデオン)の演奏の上で、シンプルなハーモニーのコーラスがよく調和する。
トライアングルはフォホーの場合、どうやら必ず「チキチー、チキチー」とオープンにして刻むようである。
今のところ聴いたものはすべてがそう。
教則で扱われるバイオンのリズムの場合、「チーチキ、チーチキ」と表オープンもアリと記述されている事もあるけれど、どうも実際には「チキチー、チキチー」のみのようである。
ふと、ベネズエラ修業時代にその筋のプレーヤー達とラテン打楽器の第一人者と評されるアレックス・アクーニャのビデオを観たときのことを思い出した。
その時はビデオの中でベネズエラのリズム「クーロ・エ・プーヤ」を扱っていたのですが、「なんだアレ、ちょっと違うぞ」って感じでメンバー一同ざわざわしながら観ていたのをよく覚えています。
・・・とにもかくにも、大変満足して会場をあとにするのであった。
帰り道、フロントで気をつけるように言われていたので、街角に立つ娼婦を注意深く避けながら少し遠回りだけど、海沿いの明るい道を通って帰る。
それでも捕まってしまいましたが・・・。
この街の娼婦は遠くから大声で呼びかけてくるので、まったく風情というものがない。
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朝、フルーツいっぱいのカフェダマニャン(朝食)を摂ったあと、雨の中、旧市街の方へと歩きで行ってみる。
目的は音楽情報収集。
旧市街にあるツーリストインフォメーションにはなにがしかの情報があるだろうと思って。
フォルタレーザ旧市街のツーリストインフォメーションは非常に親切であった。
新聞や一覧表を取り出して一々ライブをチェックしてくれる。
本日午後は2ヶ所の会場でサンバが聴けるようだ。
また、明日月曜日にはイラセマ地区にある埠頭の近辺でフォホーが聴けるそうだ。
それから、ここでもらえる観光マップがすごい。
まるで売り物のそれのように詳しい。
こんなに詳しい無料の観光マップにはめったやたらにお目にかかれるものではない。
通りの名前もすべて載っている。
さすがは国際観光都市、フォルタレーザ。
お礼を言ってインフォメーションを引き上げると、外は土砂降りの雨。
傘がまったく役に立たない。
しばらく歩いてはみるが、あまりのひどさに近くの古いショッピングモールへと非難する。
サルバドール以来、この晴天は多いというフォルタレーザでも雨に降り続けられ、なんだか気分までジメジメとしてくるようだ。
小降りになった隙を狙って宿に戻る。
午後二時頃、ツーリストインフォメーションで教えてもらったサンバが聴けるというラウンジを目指して再び外へ出ようとするも、思うように身体が動かない。
ここに来てサルバドール滞在後半からくすぶっていた微熱が一気に高熱とかわり出てきてしまったようだ。
残念だけど、今日はこのまま寝ている事にする。
夜半過ぎに汗がどっと出て、熱が一気に下がる。
やれやれ。
海外ではなぜか時として一晩だけ熱が出る事があるのです。
今も外は大雨。
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朝から散歩してみる。
海岸の方へと下に降りるコメルシオ地区に行ってみた。
定食屋で「ダ・メ・スーコ・デ・フルータ・ポル・ファボール」(ほとんど全くスペイン語みたい・・・)と言ってミックスジュースをお願いする。
フルーツジュースと頼むと、なぜかミックスフルーツジュースが出てくる。
1.6ヘアルでコップ2杯分くらい。
プチ贅沢である。
これはアセロラのジュース
晴れていた空が急に曇りだして、今日も雨が降ってきた。
サルバドールは毎日雨、雨、雨、雨続き。
一日中降る事こそ少ないものの、傘は手放せない。
現地サルバドールの人の話によると、丁度今、6月くらいまでは雨期だそうである。
出掛けには良く晴れていたので、油断して傘を持ってこなかった。
しかし、当地サルバドールでは、キューバのハバナやサンチアゴといった都市のようには朝から晩まで音楽に溢れているわけではないので、日中はやる事もなくとにかく良く歩き回る。
平均したら日に15キロは歩いているだろうか。
午後は顔なじみになった、ペロウリーニョからコメルシオ地区とは反対へと下った繁華な通りにある定食屋へとご飯を食べに行く。
今日は牛肉の定食。
付いてくるものは鳥を頼んだときと殆ど全く変わらない。
サラダにキュウリがないと葉っぱ以外は全てトマトになってしまうくらいのものか。
今日もノビ・スキンを一本付けてもらう。
大体、海外にいると、必要な水分の殆どをビールで補ってしまう。
すぐ汗になって飛んでしまい、全然酔わない。
夕方、ブラジルに来てから二度目のインターネットをしてみた。
このマシンでは日本語が読める。
が、残念ながら和文を入力する方法がわからない。
メールの返事をアルファベットを使って書く。
西文、英文、それからニホンゴ。
そうしてインターネットをしていると、何やら打楽器集団の音が外から聞こえてきた。
夕方になると、この街の音楽はようやく動き出す。
昼間はカポエイラを伴奏するビリンバウの響きばかり。
聞きに行きたいのを我慢して、なおもe-mailを書き続けていたが、今度は愉快なフォホーの楽団の音が通り過ぎていったので、たまらずネットを中断して外へ飛び出す。
すでに楽団はいなかった。
そのまま宿に戻ろうとすると、ぽっちゃりとした黒人の売春婦に捕まった。
中々離れてくれない。商売だものね。
気が合いそうな、ほがらかで中々感じのよい子ではあったが、今回もご遠慮させて頂くことにする。
その後しばらくして、いよいよ待ちに待ったフォホーのライブを見に行ってみることにする。
会場はペドロ・アルカンジョ広場と言い、しかし広場とは言いつつも入り口が狭くパティオ(中庭)の様になっているので、場所が少々わかりづらい。
広場への入り口
ゆく道の途中、太鼓の音がするので寄り道してみたら、それはなんと少年少女たちのみの打楽器集団であった。
その指揮をとるのも少女。
演奏はつたないが、これはこれでよい感じだ。
おそらくプロの団体のユースなのだろう。
みんな楽しそうに演奏している。
時折シンプルなキメをはさむ。
大変わかりやすい音楽。
スルドーのパフォーマンスにどこか和太鼓に通じるものを感じる。
さて、会場に到着してステージを見渡してみれば、バンドはドラムの入った現代的な編成のようだ。
間もなく演奏が始まった。
彼らのフォホーはダンサブルに常にオンビートをキックでキメてくる。
「ドッド・ドッ、ドッド・ドッ」というように。私にとってはさっき街角で聴いたフォホーの方が心地よかった。
これだけ拍のアタマを押さえられてしまうとどうも窮屈だ。
これなら「ドッドー・ドッドー」という、教則本にバイオンとしてよく出て来る形の方がもっと躍動感を感じさせてくれそうだ。
しばらく聴いた後、会場をあとにする。
しかし、これで私の聴きたいフォホーの音が益々鮮明になってきた。
会場を出て宿に向かって歩いていると、またどこからか太鼓の音が聞こえてくる。
今度の大人の演奏する打楽器集団。こちらはさすが、演奏もしっかりとしている。
至近で聴いていると耳が痛い。
すごい迫力だ。
特にリーダーの叩くアドリブソロは、まるで雷であるかのように辺りへと響いてゆく。
スルドーが行進するかの如く拍を刻んでいる上で、小さい太鼓やスネアドラムがブラジリアンクラーベ、3:2ソンクラーベなどを刻む。さらにそのビートに乗っかる形でリーダーの叩くアドリブが炸裂する。
しばらく見ていると、楽団はさらに下る坂道を下の方へと行進していった。
ふとした瞬間にこんな形で色々な音楽が舞い降りてくるサルバドールは、やはりエキサイティングな街だ。
楽団とは反対に、少し上に登っていくと今度はレストランの一角でギターの弾き語りをしていた。
話題は変わるが、私はどうもこの年にしてブラジルでは少年、青年に見られる。
ご年配の婦人などはまず百パーセント、私の事を少年呼ばわりする。
それによってみんな助けてくれたり、手加減してくれたりするから、得な事も多いけれど。
アジア人・・・外国人である私の年齢は、彼らにとってはどうもかなり不明なものであるらしい。
もう一つ彼らの認識について。
ブラジルに来て気分がよいのは、誰もが私に「ジャポネーズ(日本人)!」と声をかけてくる事。
これが他のラテンアメリカ諸国では、こうはいかない。ほぼ百パーセント「チーノ(中国人)!」だ。
日本は中国の領土の一部だと思っている人も多い。
中文が声に出して読めなくて、なぜ?と不思議がられた事も・・・。
日本からブラジルへは移民の歴史があり、住んでいる日系人も他の国に比べればずっと多いからそうなのかもしれない。
どうもブラジル人にとって日本は親しみのある国のうちの一つのようだ。
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昨晩から色々と考えたあげく、5月1日 月曜日までの予定だったサルバドール滞在を4月28日金曜日までにと3日間縮める事にした。
昨晩のスクリーンでみたオロドゥンのコンサートが思ったようなものでなかった事が大きいかもしれない。
オロドゥンの音楽は、少し私にはシンプル過ぎるように感じた。とはいえ、こういったシンプルさは大衆にアピールする可能性をおおいに秘めているので決して悪いものではないと思う。
またオロドゥンの持つリズムは非常にファンキーでソリッドである。
しかし、複雑なシンコペーションが精密にからむキューバ音楽を聴き慣れてしまった私の耳に、それを存分に楽しむ事などはもう戻れない感覚であるかもしれない。
そして今はさらに北部の音楽を存分に楽しみたいという気持ちが強くなってきているので、こちらでの滞在を縮めた分、北部のリゾート都市ナタルへの滞在を増やしてみようと思う。
これは日本からブラジル・サンパウロへと向かう飛行機の中で決めた今回の旅程では、訪問するつもりのなかったところではあるが。
そうと決めたら早速ホドビアリア(長距離バスターミナル)へチケットを買いに行く。
次の目的地、フォルタレーザ行きのチケットを買った。
4月28日20:00発レイト(寝台)145ヘアイス。
ホドビアリアから道路を横切った正面にイグアテミという大きなショッピングセンターがあるので、そこでお昼ご飯にでもしようかと思って行ってみる。
が、丁度お昼時で席を探すのが難しいくらい混雑していたので、あえなく撤退する。
人混みは非常に苦手なのです。
そのまま、あの有名なボンフィン教会を訪ねてみようと思い、Ribeira(ヒベイラ)行きのバスに乗る。
1.9ヘアル。13:25発、13:43ラセルダエレベーター前着。
13:55ボンフィン教会前着。
サルバドールの守護教会、ボンフィン教会
ボンフィン教会前のバス停へと到着しても雨は止まない。
教会のある少し小高い丘に登ると、ここには物売りが集団となって立ちふさがってちょっと面倒なところだ。
なんだかんだとボンフィンのリボンを手首に巻き付けようとしてくる。
このリボンを巻かれてしまうと、ものすごい物売り責めにあうこととなる。
しばらく教会の中やその周辺をうろうろした後、宿へと戻る事にする。
オニブスは下町コメルシオ地区を通り過ぎると、宿のある上の地区まで登る事を知っていたので、なるべく宿に近いところで降りようかと思い、そのままバスに乗っていたら次の停留所は思いのほか先の方で、目的地付近とは遠く離れてしまった。
バスを降りた後、道路にかかる案内標識を頼りに宿のあるペロウリーニョ歴史地区を目指す。
途中、定食屋の兄ちゃんに呼び止められたので、そのままお店へと入ってみる。
定食屋の兄ちゃんと
色々と話をするのだが、真の地元人、というか、外国人慣れしていないブラジル人と話をすると、いくらゆっくり喋ってくれといってもスピードは緩まないし、ごく普通にポルトガル語で話かけられるから、かなり聞き取りに苦労する。
サッカー、日本が何とか杯でどうしたとか、そんな事なのですが、私はその話題に疎かったため増々何の事かわからない。
こちらの話す事は大抵理解してもらえるのですが。
不意に「ガロータはどうだった?」と聞かれる。
どうやら女の子の事をガロータと言うらしい。
そう言えば先日、宝石商のヒタさんに「あなたはガトー(猫)だわ」とお世辞を言われた事を思い出した。
男の比喩が「ガトー」だから、女の子の比喩は「ガロータ」。
ヒタさんの話によると、ブラジルで猫は良い意味の喩えになるそうだ。
逆に犬の比喩は悪い意味になるそうである。
ここでピンと来た。
ジョビンの名曲「イパネマの娘」のタイトルがもつニュアンスを今、突然理解出来た気がする。
それはただの女の子ではなく「ガロータ」なんだ。
子猫ちゃん・・か。
そうこうしているうちに、注文した鳥のフィレ肉定食の皿が次々に出てきた。
ブラジルもキューバも似たようなもので、定食はタイ米のご飯にあずきのスープ、フライドポテトにサラダ、それに主菜の肉料理。
これにご当地ビール「ノビ・スキン」を一本つけてもらう。
鳥のフィレ肉定食とノビ・スキンではなくスコール
ようやく宿へと戻る。
夕方旧市街へと散歩に出たら、黒人の女の子が私に声をかけてくる。
スラッとした細身の、中々のガロータだ。あまり気にもせず歩いていると、ずっとついてくるので近くの展望台で腰掛けて少し話をした。
「カポエイラはやらないの?」と言って、独特の回し蹴りを見せてくれたりする。
実はこの時、私は少し頭痛がして早く宿へと帰りたかった。
このガロータはよりによってこんな日に「ビールを飲みに行こうよ」なんて言い出す。
大変残念だけど、その場をおいとまさせて頂くことにする。少し熱があるようだ。
今夜は街も静かなので、予定されていたアシェのグループのコンサートも中止になってしまったのかもしれない。
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午前中から今度こそ自分の足で街を巡ってみる。
まずは黒人達の手によって建てられたというホザリオ・ドス・プレートス教会を右に見ながらペロウリーニョ広場を下り、降りきったところを左へ曲がる。
さらにもう一度細い路地に入りずっと下っていく。
すなわち、昨日ホナルド君に教えてもらった道を下りてコメルシオ地区という、ペロウリーニョの崖の真下にある街を散歩してみる。
ホザリオ・ドス・プレートス教会
コメルシオ地区
電気屋でコンセントを分岐する三口タップを買った。
ブラジルのコンセントは日本やアメリカ合衆国の型のものも、ヨーロッパ系の丸い差し込みピンのものも両方させるようになっていてとても便利である。
一通り下の街をまわって有名なラセルダエレベーターに乗り、再びペロウリーニョへ。
ラセルダエレベーター
エレベーターで上ったところにある広場がリオ・ブランコ宮殿前のトメ・ジ・ソウザ広場。広場を抜け左へ進むとすぐ旧ブラジル総督公邸前の細長い広場、ここには噴水がある。目の前が横向きのバジリカ大聖堂。
バジリカ大聖堂の正面がジェズス広場。
左手にサンペドロ、ドス、クレゴリス教会を見ながら広場を進んだ正面はサン・ドミンゲス三世教会、右奥に見える広場に道路をまたいで入るとその正面が、黄金で名高いサン・フランシスコ教会だ。
リオブランコ宮殿
一通り散歩して宿へと戻ろうとしたら、ツーリストインフォメーション前で、先日カンドンブレツアーでお世話になったツアー会社の、日本語も話せるジャクソン君とばったり会ったのでしばらく話し込む。
ジャクソン君と
すぐ目の前にある、宝石店へ一緒に行ってみる事にする。店の女主人、ヒタさんとは、偶然にも生年月日が全く一緒で意気投合する。
いろいろな宝石を見せては詳しく解説してくれるけれど、残念ながら石っころには、あまり興味がないのである。
それにうっとおしいじゃないですか、指輪とかブレスレットとかネックレスとか。
とはいえ、これだけエメラルドを中心に見せて頂くと、どんな石がより価値を持つものなのか、少しわかってくる。
ありがたいことである。
宝石店の入り口にて
宝石店の隣にある土産物屋の入り口にて
そうこうしているうちに夕方が迫ってきたので、おいとまさせて頂く事にする。
そう、この後、ビラ・ベーリャ劇場で大変楽しみにしているホーダドショーロがあるのである。
少し遅れて17時半頃会場に着くと、すでにショーロは始まっていた。
フルートに弦楽器三名、それに打楽器(パンデイロと横向きのスルドー?)といった構成。
こうして聞いているとフルート奏者、石井幸枝さんがショーロに惹かれるのもよくわかる気がする。
この編成の中でただ一人息のはいるフルートはひときわ艶やかで表現力があるように感じる。
今晩はステージでありながらもホーダなので、演奏者が次々と入れ替わる。
演奏者によるプレイの違いがよくわかるので、これがまた、ありがたい。
打楽器、スルドーもパンデイロも何人か出てきたけれど、色の黒い人ほどビートの切れがよく、また音がよく通る。
正確、不正確といったものではなく、ビートの躍動感といったものが全く違う。
打楽器は黒人に任せておけという事であろうか。
曲のテンポは非常にゆったりとしたものからとても速いもの、もちろん中庸なものとバリエーションに富んでいる。
今日の、この音楽は私の心にとても響く。
ショーロの音楽は、ヨーロッパの和声感覚とアフリカのリズムが上品に、絶妙なバランスでミックスされて非常に魅力的なものに感じる。
時にアドリブが混ざるが、長音階と二種の短音階を使ってアドリブするので、アドリブの苦手なクラシックの人にもこれはとっつきやすいのではないか。
逆に、ジャズをお勉強してしまった人にはオルタードやコンディミといった武器が禁じ手となってしまうので、辛いところがあるかもしれない。
ステージは一度入れ替わり、カシオトーンみたいなキーボードが二台出てきて、女性奏者二人による鍵盤でのショーロとなる。
しかし、どうも、あの安っぽい電子音は頂けない。
とはいえ、貴重なものを聴かせて頂いた。
ステージは、再び最初と同じ編成に入れ替わる。
気が付いてみれば、入った時にはガラガラだった客席が楽器を持ったお客さんで一杯である。
ショーロはリオだけのものではない、と実感する。
実際、今日の演奏は愉快で美しくて、素晴らしい。
宴もたけなわの頃、後ろ髪を引かれながらも会場を後にする。
なぜかというと散歩していた時に、野外ステージへとスピーカーを開けていたお兄ちゃんに今晩ライブがあり、雨天でも決行するという事を聞いていたからだ。
降りしきる雨の中、会場のジェスス広場へと行ってみると、何とPAが撤収されてしまっている。
さすがにこの雨ではやらないらしい。
今日は日が悪かったと思い、あきらめて宿へ戻ろうとすると、宿と一本違いの路地に人だかりができている。
何だと思って行ってみれば、オロドゥンのコンサートがあるという。
かなり迷ったけれど、この人混みの中で見ても楽しくないだろうと考えてパスすることにした。
オロドゥンの野外ライブ会場
私は例えば行列の出来る店の行列には決して加わらない。
それなら空いている他の店で気分よく食べる。
並ぶの苦手なんです。
あきらめて帰る途中、今度は何やら集団で叩く太鼓の音がする。
何かと思い行ってみると、打楽器集団のパフォーマンスであった。
道ばたの太鼓集団
派手でわかりやすい。
このシンプルなわかりやすさは、大衆の心を掴むのではないか。
どこか、組太鼓のパフォーマンスとも似ているものを感じる。
キューバのリズムが持っているような複雑なシンコペーションはここにはない。
スルドーの作る大きな二拍子にのって、甲高い音のする太鼓たちが揃ってクラーベ系のリズムを刻む。
ときおりシンプルなキメを挟む。
すごい音量である。
生楽器なのに私の耳には痛い。
しばらく聞いた後、今度こそ宿へ帰ろうとする。
が、オロドゥン野外コンサート会場前の大スクリーンにLiveの様子が映し出されているのが目に入ってしまい、しばらく見続けた。
リズムの組み立ては先ほどの打楽器集団とほぼ同じである。
それは、私の思い描いていたオロドゥンとは少し違うサウンドだった。
しかしサルバドール、音楽に溢れた街である。
この後も明日アシェのグループ、そして明後日にはいよいよフォホーを聴く事ができる。
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朝、街は本当に祭りの後の様子だった。何か抜け殻のようである。
11:10発のコメルシアル、12ヘアイスでサルバドールへと向かう。
13:00着。 まずホドビアリア(長距離バスターミナル)にあるツーリストインフォメーションで音楽の中心地、ペロウリーニョ付近の宿を紹介してもらう。
ツーリストインフォメーションで紹介された宿というのは大抵当たりである事が多い。
紹介された宿へとタクシーで向かう。27ヘアイス。
宿はポウサーダ・グローリア、五人部屋を一人きりで借りて一日30ヘアイス、とにかく広い。
中々快適なポウサーダ・グローリア
窓もあって室内は明るいし、眺めもよい。
宿の窓から眺めた風景
ラランジェイラス通り、オロドゥンの学校の隣の隣、この宿はペロウリーニョでは、何を聴くにも最高に便利な場所だと思います。
荷をほどいたらさっそく街へ出てみる。
突然勝手に観光案内を始める人が出てきた。
かなり怪しいけれど、面白そうなので、お供させる事にする。と、言っても何か契約するわけでもなく、案内するに任せるだけなのだけれど。
彼の名は、ホナルド君、とても熱心に有名な教会やら、ラセルダエレベーターを使わずに下の街へと降りる道やら奴隷市場の地下にある奴隷がつなぎとめられていた所やら、いろいろと教えてくれる。
おまけに日本人の女の子まで紹介してくれた。
ちょっと怪しいガイド、ホナルド君
宿近所にある黄金のサンフランシスコ教会
この先に秘密の抜け道が
有名なラセルダエレベーター
奴隷市場の地下・・・ここに黒人達はつなぎとめられていた。大変暗く、じめじめとした場所。
市場で教えてもらったカバサの実も興味深かった。
目的であったカンドンブレツアーまで案内してくれたので、それはせっかくなので予約していく事にする。
さて、本当はちょっと買い物がしたくて出ただけなのに、されるがままに観光地巡りを2時間ほどもしてしまい、じゃあと別れようとすると、案の定ガイド料を請求してくる。
100ヘアイスだと言うが、何とか10ヘアイスで納得してもらった。
ホナルド君とお別れした後、カンドンブレツアーの集合時間までほとんど時間が無くなってしまい、あわててシャワーを浴びに宿へ帰る。
シャワーを浴びた後、急いで集合場所であるツアー会社へと向かうが、迷いまくってなかなかたどり着かない。
そう、街を一巡りしたと言ってもホナルド君任せだったので、土地勘がまったく身に付いていなかったのである。
一巡りしてわかった気になってしまい、油断して、地図を全く見なかった。
この街、ペロウリーニョ歴史地区は、大きな広場をつなぐ道以外は登り下りが多く、また十字に交差しない道も多いので、少しわかりづらい所がある。
記憶ではペロウリーニョ広場に面してツアー会社はあったので、道行く人に「ペロウリーニョはどこですか?」と聞いても、誰もが「ここがペロウリーニョだよ」と言い、釈然としない。
後で調べてみるとよく写真に出てくるペロウリーニョとはペロウリーニョ広場の事であって、ペロウリーニョとはこの歴史地区全体を指すらしい。
冷静に地図を見てようやく進むべき道を見つける。
息せき切って、大汗をかきながら10分ほど遅れて集合場所へとたどり着く。
もうダメかもしれないと思ったけれど、間に合ってよかった。
ペロウリーニョ広場
もっと大きなものを想像していたが、私の他、ヨーロッパ系の女の子二人のみの小さなツアーである。
車で会場のあるファベーラの一角へと向かう。
カンドンブレの儀式が始まるまでガイドの説明が続く。
さて、儀式が始まった。
演奏する側は打楽器と歌である。
打楽器は3つのコンガ状の太鼓、それにアゴゴベルである。
3つの太鼓のうちミドルサイズはオンビートの、スモールサイズはオフビートでンッタカ、ンッタカとそれぞれ定型リズムを叩き、一番大きい太鼓がアドリブでソロをとる。
一番大きいけれど、音程は一番これが高い。
アゴゴベルはサンバを連想させるようなリズムを叩いているが、時折クラーベを叩いたりもする。
この人達はやはりヨルバだ。
3つの太鼓のコンビネーションが他のヨルバ系太鼓とも共通するものを持っている。
キューバのルンバはやはり中域、低域の太鼓が定型リズムを叩き、その上に高域を担当する太鼓のアドリブが乗る。
バタは両面太鼓で演奏されるからアドリブが最低域と最高域で構成されるが、コンセプトは変わらない。
すなわち二つの太鼓が定型リズムを刻み、その上でもう一つの太鼓がアドリブを取る。
ベネズエラにはマラカイボ地区にチンバンゲレというリズムがある。
これもお父さん、お母さんと呼ばれる二つの太鼓が定型リズムを刻み、その上で子供と呼ばれる太鼓がアドリブを取る。
しかし、今見ているものは本当に儀式なのであろうか。
行われている最中に入り口からの出入りは激しいし、時にあくびや雑談している姿も見受けられる。
どうも私にはただのルンバ大会にしか見えない・・・純粋に演奏したり踊ったりするのを楽しんでいるだけのように見える。
時折見せるトランス状態も演技ですし、ちょうど3時間程見て、ますます盛り上がる儀式の場をおいとまする。
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本日日曜日、午前中はまったく音がしないので、フェイラ・ジ・サンタナ市内を散歩してみる。
フェイラ・ジ・サンタナ市はバイーア州では州都サルバドールに続いて2番目に大きいそうである。
1回歩いただけではよくわからないけれど、しかしどうやら思いの外小さい町である様子。
午後1時くらいからトリオエレトリコの音が宿まで聞こえ出したので、宿を飛び出して見に行ってみる。
会場に一カ所常設ステージがあって、その前をトリオエレトリコの車が通る度に、エールを交わしあったり、一緒に歌ったりしている。
常設ステージの様子
会場でビールを飲んでみた。当地では、NovaSchinとSkolという銘柄がポピュラーなようだ。
Skolはマレーシアリゾートでよく飲んだので懐かしい。
昼間は昼間で、トリオエレトリコ以外にもマルシャのパレードが通った。
マルシャのパレード
本物を見るのは、初めてだ。
また、これはかなりエキサイティングなリズムだ。
さて、夜になった。やはり夜の人手はすごい。
演奏する車の後に必ず一台、観衆を乗せた車が通り、その車の前部・後部にしつらえたお立ち台みたいな場所で踊り子さんが踊っているのだが、その格好がすごい。
もしかしたら前には小さな布が一枚あるのかも、といったいでたちで、あとはボディペインティング、さすがはブラジルである。
この露出度はキューバもかなわない。
さんざん見て疲れたので23時頃、帰る事にする。
帰り道の横道で何か音がするので足を向けてみると、打楽器隊がサンバを演奏していた。
打楽器と歌のみのサンバがとてもお祭りっぽい。
その演奏に乗って次々とパレードが通る。
トリオエレトリコの大音量で疲れた耳に、生の打楽器の音が心地よい。
この2日間で本当に色々なものを見た。もう帰ってもいいやっていうくらいのものである。
この先、まだまだ続くブラジル見聞がますます楽しみになってきた。
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飛行機は午前9時前にサンパウロへと無事着陸。
タクシーでカナさん(ブラジル在住日本人歌手)の家へと向かう。
タクシーの運転手とカタコトながらポル語で会話が弾む。
早くポル語をマスターしたい気持ちにかられる。
そうこうしているうちにカナさんの家に到着。
とてもきれいなお家です。
私の荷物は電子機器が多いので、到着早々、まずそれらの充電をさせて頂こうと思う。
ここで西語とポル語のちょっとした違いから、いきなり爆笑発言をかませてしまうのである。
「充電させて下さい」を、充電器を見せながら西語から類推して「Posso Cargar(a meu coisas electricos)?」(充電させて下さい)
と言ったら、「Posso Cagar?」(ウンコ出来ますか)と勘違いされてしまった。
特にダンナのレオに大受け。家に来るなり「ウンコさせて下さい」と言う人には初めて会ったと。違うんだけどな。参りました。しかし、未だにポル語で何というのかわからない。やばい、調べなきゃ。
そうして爆笑あいさつもそこそこに、両替へと連れて行って頂く。
ツニブラトラベルでしたっけ?円からヘアルの両替、ドルからと比べてもまったく遜色なく、恐れ入りました。
航空券買うのにも付き合ってもらった。アルファインテル。サルバドールまで319ヘアルは、かなりお買い得だったかも。
またリベルダージ(日本人街)でお昼をごちそうになる。
トンカツや何やら日本のものと比べてまったく遜色ない。むしろ、量が多い分、こちらの勝ちって感じです。
ブラジルのビールまでごちそうになる。・・・私はタカリだろうか。
「ボエミア」って銘柄。これがマイルド・華やか・女性的で中々美味しい。
その後、まったく申し訳なくも非常に慌ただしくカナさんのバンド、「グルーポ・バイオン・ジ・クアトロ・マイズ・ウン」のリハーサルを見学させて頂く。
聴かせて頂くに、どうやらブラジル人の底流にはサンバの、あの2ビート感覚がとうとうと流れているようだ。
美しい音楽。このバンドの、ブラジルの音楽は繊細で美しく、また楽しい。
キューバのバンドには突撃ラッパが似合うイメージがあるが、ブラジルの音楽にそういったイメージはない。
キューバ音楽へのタイトルだったら「あの山に登れ!」なんて平気でつけられるけど、ブラジルの音楽には、山から見下ろした風景の印象などをタイトルにしてみたいと思う。
美しい音楽。メンバー全員が作曲するが故、曲もそれぞれのオリジナリティーによりバラエティーに富んでいる。
その中でカナさんの歌声や作品は、なぜかココロを和ませる。
リハ後、音楽の溢れる素敵な街、ビラ・マダレーナ地区でのライブへとご一緒する。
大変ラッキーな事に飛び入り演奏までさせて頂きました。
カナさんの曲や歌声には、何かこちらの心を弛ませるものがある。
日本語の歌詞を会場全体が口ずさんだあたりは圧巻でした。
そうこうしているうちに、もう午前1時。
なぜか眠らなくても元気だ。
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